(四)終わりと始まりと①
(四)
馬車の中、ラーソルバールはため息をついた。
その手にあるのは褒賞金と、勲章。さらには叙爵を示す書状と、準男爵であることを示す短剣。
国王から下賜された物で、謁見の終わり間際に有無を言わさず全てを渡された。
確かに、正式に準男爵となり領地を与えられるのは騎士学校を卒業してから、という話で落ち着いた。むしろ爵位を与えたい王家が、約束手形を無理矢理持たせた、と言うべきだろうか。
こんな事が世に知れたら一大事だろう。ラーソルバールは不安になった。
男爵家の娘が世襲ではなく新たに爵位を受けるなど、成り上がりも良いところだ、と非難され、妬まれるに違いない。
確かに、年始の一軒も、宰相の暗殺未遂も、近い場所に居合わせただけ。
ひいては、イリアナの事件も居合わせただけ。
ひょっとして災難を招いているのは、自分自身なのかとさえ思えてくる。
近いうちに発表があるらしいが、恐ろしくてたまらない。
その発表と前後する予定なのが、反乱貴族の名前と、処分内容である。
各領地には既に知らされ、国王の代理人が領地の運営を行う事になっているだろうが、国内には未だ公にされていない。
衝撃の内容が待っているに違いなく、ラーソルバールの叙勲の話がそれに埋没してくれる事を願うしかない。
ラーソルバールの憂鬱そうな顔を見て、エラゼルが苦笑した。
「そう暗い顔をするな。謁見も終わったのだし、もう少し気を抜いても良いのではないか」
帰りの馬車は、城の物ではあるが、王家の紋章は入っていない。
王子も居らず、車内にはエラゼルしか居らず、気が楽なのは間違いない。
「こんなもの貰っても困るだけなんだけど…」
「良いではないか、準男爵殿」
エラゼルはニヤリと笑ってからかう。
「やめてよ、恥ずかしい…」
「自身が爵位を持っているのなら、今後は公爵家の娘の取り巻きと言われなくだろう?」
「ぐ……」
そういう問題ではない、と言いたいところではあるが、言い返すこともできない。
結局、エラゼルは勲章と褒賞金を受け取っただけ。
他にエラゼルに渡されたのは、暗殺未遂事件の際に、共に戦った生徒達の名が記された感謝状と、その者達の分の勲章と褒賞金。エラゼルの勲章は彼らより一段階上で、皆を代表して受け取ったようなものだ。
戦闘中に死亡したドラッセの名も感謝状に記され、勲章も存在している。
謁見の際に、宰相が読み上げた感謝状に記された人々の中に、その名が有ったときには思わず涙が出そうになった。
勲章など有ったところで、死んだ人間が生き返る訳ではない。だが、両親にとっては息子が確かに生きた証であり、最後の行いが評価されての物であるから、無いよりは有った方が良いに決まっている。
もしかしたら、ドラッセの両親にとって、息子が死んだ場で活躍し爵位を受けたラーソルバールは憎むべき存在になるかもしれない。「何故、息子は死んだのに、あの小娘は生きていて、準男爵などになったのか」と。
「色々あるかも知れんが、それを受け止めるのもまた、ラーソルバールの役目だ」
考えている事が分かっているのだろうかと思う程、エラゼルの言葉は的確だった。
「うん……」
言葉には応じたものの、憂鬱でしかない。
馬車に揺られながら、ラーソルバールはあれこれと考える。
今後はどうなる。同じような生活が送れるのだろうか。
父には謁見の話は伝えてあるが、ちゃんと説明をしなければならない。
またお金を受け取ってしまったが、どうしたら良いだろう。
これで友たちとの間に溝が出来たらどうしよう。
「叙爵くらいで溝が出来るような友を持ったのか?」
考えていたら、口に出ていたようで、エラゼルが聞き咎めた。
「ううん、そんな事は無いと思うけど…」
「そうだな、人の心は絶対ではない。信じていても、そうでは無くなる事もある。まあ、私は気にしないが」
エラゼルは微笑を湛え、馬車の外を眺める。
「街も復興したな」
「うん、そうだね」
通りかかった路地から、整然と並ぶ家々と、行き交う人々の姿が見えた。
年始に破壊された場所は、見事に復興しており、その光景が二人には何よりの喜びとなった。
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