(三)謁見②

 ラーソルバールとエラゼル、そして王子を乗せた馬車は城門を抜け、王宮の前で停車した。

 先日の新年会の会場であった離宮とは異なり、警備も厳しく、そこにある空気も張り詰めていて重い。

 ラーソルバールは王子に気付かれないよう、小さくため息をついた。

 何でこんな事になったんだろう、と。


 街の事件と同じく、目の前に居る人たちの命を救おうと戦っただけだ。たまたまそれが「軍務大臣」と「宰相」だったという事。命に貴賎なんて無い。

 そう声を出して言いたいが、それは口にできない。


 いつもは気品と威厳を兼ね備えたお嬢様も、やや萎縮気味。

 幼い頃から何度も会ったことは有るのだろうが、やはり一国の王というのは違うのだろう。

「謁見の間までは私が案内しよう。それくらいせねば、叱られてしまう」

 そう言うと、ウォルスター王子は二人を先導するように歩き始める。ラーソルバールとエラゼルは、遅れぬよう王子の後ろを並んで歩く。

 王宮の大扉は衛兵達によって守られており、彼らは王家の馬車を目にして緊張の度合いを高めていた。王子が寄って来たのを確認すると衛兵は深々と頭を下げた後、開門の指示を出す。それに呼応するようにゆっくりと扉は開かれた。

 王子が再び歩き出すと、それに二人も続くように王宮に足を踏み入れる。王宮内部に入るのが初となるラーソルバールは、いきなり別世界に放り込まれたような錯覚に陥った。

 王宮は内部は貴族の屋敷とは一線を画す。荘厳さと美しさが調和した建物で、神殿の雰囲気とも異なる神秘性を感じる。設計者、建築者は偉大だと、素直に思えた。

 各所に配置された美術品も、内装との調和を損なわぬよう華美な物ではなく、最初からそこに置かれるべくして造られた物と思わせるような親和性がある。

 それだけに目移りする訳ではなく、謁見の間に向かう一歩一歩が緊張を募らせる。息苦しく感じるほど緊張しており、頭に何も入ってこない。騎士学校の入学試験の時でさえ、ここまでではなかった。

 ラーソルバールは自らの左胸を手で押さえる。

(大丈夫、動いてる)

 ちゃんと鼓動している。

 丁度確認をしたところで、王子は歩みを止めた。

 眼前にある大きな扉には細やかな装飾が施され、その荘厳さは周囲より一段階上のものといえた。

「さあ、入るが良い」

 扉の脇には衛士が居るにも関わらず、王子は自ら扉を叩き、そして開けた。

「父上、二人をお連れした」

 王子は良く通る声で、中に聞こえるよう大きな声で告げた。

「ご苦労。二人とも此方へ参れ」

 威厳のある、しかし優しい声が二人を迎える。

 王子が頷き、中へ入るよう促すと、ラーソルバールの緊張は頂点に達した。口の中が渇き、今度は心臓の音がうるさい。足が思うように前に出ない。どうしたらいいのか。手が、足が震える。


 その時、右手に何かが触れた。

 視線を落とすと、エラゼルの左手がそこに有った。

 この手がきっと勇気をくれるはず。ラーソルバールはためらわず、その手を握った。

 驚いたエラゼルが顔を向けるが、お互いに視線を合わせると、微笑み、頷く。そしてゆっくりと一歩、前に踏み出す。

 その一歩が次へとつながる。

 ほんの少し緊張が和らいだが、王の御前で手を繋いだまま歩くわけにもいかない。ギュッと強く握ると、二人で顔を見合わせて同時に手を離す。誰にも気付かれないようにそっと。

 王の脇には大臣達や、宰相の姿が見える。

 歩みを止めず、豪奢な絨毯の上を音も無く進む。

 そして二人は王の前で跪いた。

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