(三)戦いの中で③

「アル兄は……アル兄は間違ってるっ!」

 ラーソルバールは叫びながら剣を弾き返した。

 兵士の手に痺れが残る。

「これは友達を、学友を犠牲にしてまでやる事なのか!」

 刹那、ラーソルバールの剣が速度を上げた。

 その剣は即座に眼前の相手三人を、防戦一方に追い込んだ。

「速い!」

 兵士の一人が驚愕した。

 優雅に踊るように見えながらも、目に見えぬ程の恐るべき速度で剣が繰り出される。怒気を孕んだその剣は、兵士を恐怖させた。

 次の瞬間には、ラーソルバールの剣を受けた別の兵士が弾き飛ばされ、後ろ数人を巻き込んだ。それを見て怯んだ瞬間、もうひとりの兵士も同様に吹き飛ばされた。

 あとは目の前に居る一人。アルディスと思しき兵士。

 それでも、ラーソルバールの剣は止まらなかった。

 叩きつけるような怒りの剣が繰り出され、止めようとする剣をことごとく弾き返す。あまりの事に誰も近づけず、鎧の男はただ後退させられた。

 ラーソルバールが放った八度目の攻撃が剣を弾き飛ばし、九度目の攻撃で男は弾き飛ばされた。

「フーッ……、フーッ……」

 肩で大きく息をしながらも、誰一人近寄らせないほどの威圧感で兵士達を睨み付ける。その頬に涙が伝う。

 ラーソルバールがゆっくりと歩くと、兵士達は恐怖に後ずさりし、そこに道が開く。

「あれは……悪魔か?」

 兵士の誰かが声を震わせて呟いた。

 弾き飛ばされた男も、落ちていた剣を杖に立ち上がるが、構える事ができないでいる。


「アレは確かに怖いだろうね……。アタシでさえ背筋がゾクゾクするよ。だが……、あれは体内魔力の制御って言うよりは暴走に近いね……」

 自分の事を棚に上げて言い放つジャハネート。

 最早、ジャハネートの前にも兵士は寄ってこない。自然に開いていく道を通り、戦っていた学生達とも合流することで、ようやく宰相の安全が確保された。

「撤退せよ!」

 隊長と思しき男が叫ぶ、目的の達成が不可能だと悟ったのか、その声は震えていた。

 命令と共に、逃げるように引き揚げて行く兵士。

「逃げるなぁ!」

 叫ぶラーソルバールの視界に入ったのは、肩を担がれ去っていく男と、担いでいく女性兵士。

 その兜の隙間から覗く、赤みがかった茶髪。

「……エフィ……姉……?」

 ラーソルバールは衝撃に言葉を失い、膝を落とす。

(なんで、エフィ姉まで……)

 伸ばした手が宙を掴むと、そのまま力無く座り込み、嗚咽した。


 泣き続けるラーソルバールに気付き、エラゼルは兵士を追うのを止め、友のもとにやって来た。ラーソルバールはその気配に気付き、顔を上げて友の顔を見たが、再び視線を落とした。

「エラゼル……私ね、戦っている時にやっと思い出した……」

「何を……だ?」

「……悪夢」

 小さく呟くように答える。その声は震えていた。

「いつぞやに眠れぬと言っていた、あれか……?」

 エラゼルは横に座ると、ラーソルバールの肩を抱き寄せた。

「……これだった。信じていた人達が去っていく。余りにも悲しくて切なくて苦しくて……繰り返す夢の中で、こんなこと有るはずがないって否定してた。だから、心が思い出させないようにしてたのかも……」

 涙が止まらなかった。

 どうすれば良いか、どうしたら時間を戻せるのか。

 こうなる前に何か出来ていたはずだ。

 今となっては答えの無い自問。


 苦しむ姿を見かねたエラゼルは、ラーソルバールの両頬を手で押さえ、無理矢理に自らと視線を合わせた。

「何の足しにもならぬかもしれぬが言っておく。私は決してお前を裏切らぬ。誓って言おう、何があってもだ」

「うん……」

 ラーソルバールは僅かに微笑むと、力なく応えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る