(三)戦いの中で②

 鎧の兵士から発せられた声。

 声を低くし誤魔化してはいるが、間違いなく聞き慣れた声だ。

 剣を持つ手が震えた。

「……アル兄! なんで!」

 剣を弾き返し問いかけるが、鎧の中からの返事は無い。

 ラーソルバールは動揺し、攻撃をするための手が動かない。

「アル兄なんでしょ!」

 悲痛な叫びにも答えは無く、鎧の男からは更に鋭い攻撃が繰り出される。

 受け止めながら感じる違和感。


 気のせいだろうか、剣には殺気を感じない。

 まるで、ラーソルバールに「お前には危害は加えないから、そこをどけ」と言っているかのようだった。

「なんでよ、どうして!!」

 訳が分からずに剣を振るって防戦しながらも、ラーソルバールは溢れてくる涙を抑えることができなかった。

 正しい事を正しいと言う、騎士になるべき見本のような人。子供の頃から誰よりも自分を理解してくれた兄のような人。

 そのアルディスが何故、鎧を纏い、宰相暗殺に加担するのか。

 ラーソルバールには何もかもが理解できなかった。


「……私は絶対にどかない! アル兄は間違ってる!」

 答えが無くても、伝えたい。きっとアルディスなら分かってくれるはず。

 そう願ったラーソルバールの言葉には沈黙で応じ、その代わりに剣が振り下ろされる。

 泣きながら剣を振るうラーソルバールに対して、他の兵士からも容赦の無い攻撃が繰り出される。

 ラーソルバールはそれらを全て捌きながら、左手で涙を拭う。

「ねぇ、黙ってないで何か言ってよ!」

 答えが無いのは分かっている。でも、それでも聞かずには居られなかった。

 そうだ、いつものようにアルディスが間違った事をしたなら、きっとエフィアナなら止めてくれるはずだ。ラーソルバールは思い出した。

「エフィ姉! エフィ姉はどこ!」

 声を上げても返事は無い。

 拭ったはずの涙も、後から後から溢れ視界を歪め、頬を濡らす。

(嫌だよ、こんなの。助けてよ……、エフィ姉……)

 泣きながら振るう、その剣に力は無い。

 ただ泣きじゃくる子供のように、答えのない剣に怒りをぶつける。

 自分には何も出来ないのか。アルディスを正す事も、大臣を助ける事も、皆の期待に応える事も。小さい自分を見せ付けられた気がした。

 それよりも、答えをくれないアルディスに対しての悔しさ、悲しさが募る。


 ガン! 大きな音を立て、ラーソルバールの前に居たもうひとりの兵士が、ジャハネートに弾き飛ばされた兵士の巻き添えで転倒する。

 一瞬、視界が開ける。

 その出来た隙間から、学生が胸を突かれて倒れるのが見えた。

「……!」

 ラーソルバールは声を発する事ができなかった。

 悔しさが募る。また自分は誰かが傷つき倒れていくのを救えないのか。

 倒れたのは大柄な生徒。ドラッセに違いない。

 見た目は怖いけど無骨で優しそうな人。演習で会った程度で、ほんの少ししか接点は無いけれど、それでも見知った人だ。

 エフィアナが「騎士に向いてる」と褒めた人だ。そんな人がこんな所で倒れるなんて、有っていいはずが無い。

 手を伸ばして今にでも助けに行きたい。きっとまだ間に合うはずだ、行かなきゃ。

 その心を、眼前の剣が遮った。

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