(四)カレルロッサ動乱①

(四)


 爆発による死者八名。

 重体六名。

 重傷者三十二名。

 軽傷者七十八名。


 戦闘による死者一名。

 軽傷五名。


 行方不明者二名。


 事件当日に学校側が発表した被害者。これは学生、教員を合わせた数だ。

 教員の被害は数名程度。

 多くの一年生は早急に避難したため、全員無事だったが、爆発が二年生のすぐ脇で発生したこともあり、被害者は二年生に集中していた。

 

 戦闘で深手を負った軍務大臣は、即座に手当てを受け、命に別状は無しと判断されたが、大事をとってそのまま救護院に向かった。


 今回の事件を引き起こして撤退した兵士達を、街中で見かけた者は居ない。

 安全確保のため、撤退する兵士を追撃する事を避けたため、兵士達の行方は知れない。怪我人も居たはずだが、どこへ消えたのか、疑問だけが残った。


 だが、華やかな卒業式が暗転した事件は、ここで終わらなかった。

 夕刻、大講堂の片付けをし、翌日の追悼式と、順延された卒業式の再実施を目指していた騎士学校に、一つの情報が届けられた。

 いくつかの貴族領から、私兵がいずこかへ移動しているらしい、というものだった。

 ジャハネートが安全確認を終えるまでと、騎士団に戻らず騎士学校に留まっていたため、彼女の部下によってその報はもたらされた。

「今更隠す事も無い。ちょいと来な、ラーソルバール」

 報告を受けたジャハネートが手招きする。

 ラーソルバールは憔悴しきったような顔をしているが、目は死んでいない。自分のすべき事があるのなら、アルディスたちを引き戻す手があるのなら、動かずには居られなかった。

 ジャハネートに呼ばれると、離れた場所で椅子に座って休んでいたラーソルバールはゆっくりと歩み寄り、ジャハネートの隣に座る。

「メッサーハイト侯爵が宰相になられてから、国内にある不正を一掃しようという動きが有ったのは、知っているだろう?」

「……はい」

「それによって処罰されたり、爵位を返上させられたりした貴族が居たのも知っているはずだ。年始からそうなるだろうという想定は誰もがしていた。だから、メッサーハイト侯爵が宰相になった事に対し、就任当初から不満を持つ者が多かった」

「姉上の言っていたことか……」

 ラーソルバールに寄り添うように居たエラゼルが口を開いた。

「なんだい、それ?」

「大臣の人事に不満を持つ幾つかの家が、新年会を連帯して欠席したとか何とか……」

「ああ、それだ。その中心にあるのが、フォンドラーク侯爵だ」

「フォンドラーク……」

 その名を聞いて、ラーソルバールは全てを理解した。

 フォンドラークの本家が主体となって今回の事件を引き起こしたのなら、分家であるアルディスの家は逆らえなかったに違いない。

 だがそれでも、しがらみを断ち切って、本家とは違う道を辿って欲しかったと思う。


「特務庁長官のザハティンは今回の件でクビだろうな。イスマイアの暴動の際も、今回も事前に動きを掴んでおきながら、情報を小出しにして事態を深刻化させちまった。無能ではないが己の手柄に固執する愚者だ……。おっと、今のは聞かなかったことにしておくれ」

 そう言って、ジャハネートは大きくため息をついた。

「恐らく、フォンドラーク侯爵家を主軸としてどこかに集結して、内乱を起こすつもりだろうねえ。アタシはもう少しここに居るつもりだったが、鎮圧命令が出るだろうから戻らにゃならなくなったよ」

 ジャハネートは、ラーソルバールの頭をポンポンと叩いた。

「あんたは良くやった。立派な騎士だ。思うところも色々あるだろうが、今は胸を張りな」

 近くで戦っていたジャハネートが、苦悩するラーソルバールの戦いを一番見ていたはずだ。その騎士団長の言葉は優しく胸に響くものだった。

「あとで勲章か、爵位か、褒章金が出るだろうさ」

 そう言い残して手を振ると、ジャハネートは壁に空いた大きな穴から外に出て、夕闇に消えていった。

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