(一)巣立ちの声②
「何、暗い顔してるの?」
ラーソルバールの問いに、エラゼルは少し深刻そうな顔をしていた。
エラゼルはトレーをテーブルに乗せるなり、ため息をついた。
「送辞の役を賜ったのだが……。二年生を送り出す為の大役、それ自体はやぶさかでない」
「じゃあ、何が問題なの?」
ラーソルバールは首を傾げた。
「卒業式には軍務大臣だけでなく、宰相も出席することになっている……」
「ああ~」
納得したように頷く。
ラーソルバールには、勢いだけで入学式の宣誓を乗り切った記憶がある。騎士学校に入学して舞い上がっていたからこそ、出来たのだろう。
エラゼルがいかに場慣れしているとはいえ、一国の宰相を目の前にするというのは、やはり違う重みがあるという事だ。
「噂によると、先の大会の優勝者か、成績最優秀者がその任を勤める事になっているそうなのだが」
エラゼルはジロリとラーソルバールを睨んだ。
「……なに?」
ラーソルバールは慌てて視線を外した。
「なぜ、ラーソルバールではなく、私なのだ? んん?」
腰に手を当て、顔を近づけて問い詰める。
「そ……それは……ですね……。武技大会での『ご褒美』で、学校内での何かしら要望の許可ってあったでしょ? あれで、学校内の行事の面倒だったり目立つ役割はお断りします……と……」
「ほほぉ……」
更に顔が近づく。
「成績最優秀者はエラゼルなんだから、問題はないでしょ?」
「実技の点数を足せば、どうなのだ? え?」
「さぁ? お……同じくらい……かな?」
圧に耐えられず、後ろにのけぞるラーソルバール。
その様子に、エラゼルは大きくため息をついた。
「大会の点数を足せば、恐らくラーソルバールが上だ。……まあいい、私も自分の任を果たそう」
不承不承といった体で、エラゼルは椅子に座る。
シェラもフォルテシアも苦笑いするだけで、何も言えなかった。
翌日、一年生が卒業式の準備で忙しく駆け回る頃、二年生は最終試験に臨んでいた。
座学の試験よりも、実技の方に重点が置かれているらしく、校庭からは激しい金属音が絶えることなく響いてくる。
聞き慣れた音ではあるが、そこに混ざる悲鳴はいつにも増して強烈だった。
「聞こえない、聞こえない……」
シェラはそう言って悲鳴を聞かないようにする。
隣のフォルテシアがその様子を見て苦笑した。
「来年はああなる…」
「だから、聞かないようにしてるの。一年間耳に残るでしょ」
「なるほど」
フォルテシアは素直に納得した。何となくだが理解できる気がしたからだ。ただ、強くなれば、悲鳴を上げずに済むはずだと思っている。少しでも強く、誰かを守る力を手に入れるため。
「聞こえない…」
真似をしてみた。
明日に卒業式を迎える日、準備は滞りなく完了した。
大講堂から寮までの道の飾りもできた。
各所には機械仕掛けやら魔法仕掛けによって、卒業生を楽しませ、驚かせる装置が仕掛けられている。それぞれ一年生の手作りなので、大した物ではない。
花びらに見立てた紙が舞ったり、メッセージカードが飛び出したり、飴が飛び出したりと見て楽しむものになっていた。ラーソルバールらも、その製作を手伝っており、動作確認も入念に行ったので、楽しみにしている。
式の主体となる大講堂自体は、入学式を行った際の質素な装飾とは異なり、花なども飾られており卒業を祝う華やかさがある。
この花を一輪ずつ卒業生は手に取り、胸に挿して去っていくのだ、と少し寂しそうに教官のひとりが語っていた。
その言葉に、ラーソルバールは明日巣立っていく二年生達の姿を思い浮かべた。少ししか接点を持てなかった人も居る。もっと話をしたかった人も居る。
来年、自分が卒業し、騎士になったら、もっと話そう。
少し切ない気持ちになった。
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