(一)救護院②

「また悪い夢を見るかもしれんではないか」

 エラゼルは頬を染めて口を尖らせると、横を向いた。

 帰らないのか、と私が聞いた事に対する答えだった。

 素直に帰ると言うとは思っていませんでしたけどね。想定通りの答えに私は思わず笑ってしまった。

 横で見ていたメサイナさんが口元を隠して小刻みに揺れている。我々のやり取りを見て笑っているのだろう。

 段々とエラゼルの性格が分かってきた気がする。外から見れば人当たりは良くないが、容姿端麗の完璧人間。でも実際は真面目だけど、面倒くさがりで、根は寂しがりやで不器用。完璧人間ではない。


 笑っていたメサイナさんが棚から何かを取り出してきた。

「はいはい、まずは着替えて」

 手渡されたのは下着のようなもの。

「これ、かなり露出が高いんですが……」

 広げて見ると、隠すところを隠すだけといったものだった。

「治療用だからねえ。怪我の見落としとかは嫌でしょ。まあ、男性も居ないから、気にせずささっと着替えて」

 と言われても、かなり抵抗が強い。

 エラゼルとは一緒にお風呂に入っているとはいえ、場所が違えばかなり恥ずかしい。

「私は気にせんでいいぞ、ほれほれ」

 エラゼルの顔は楽しそうに笑っている。

 他人事だから、気楽なのだろう。

「この人も診て貰うことは出来ますか? 私程では無いですが、怪我をしているはずです」

「ええ、ついでですからいいですよ」

 意外にあっさりと許可された。

 と同時に、笑っていたエラゼルの表情が一瞬で青ざめた。

「私は気にしないよ、ほらほら」

 と笑ってみたものの、道連れが出来ただけで着替えなければいけない事は変わらない。

 二人は羞恥に頬を染めながら、診療ベッドに乗ると、うつ伏せに転がった。

「やっぱり怪我をしてるじゃない」

 軽度の打撲とは言え、エラゼルの体には数ヵ所に痣が出来ていた。

「先程弾き飛ばされた時に少々な…。ラーソルバールの比ではない」

 そう言って強がるエラゼル。

「ダメダメ。自分の体も大事にしなさい」

「と、言われてもこの格好は……」

「そうだよねえ…」

 部屋の中は暖炉の火があるため、この格好でも寒くはない。

「お風呂だと思うことにしようか」

「……そうだな……」

 何となく自分自身を説得し、納得した気になって誤魔化す。

 二人の無駄話を聞いて笑いながらも、メサイナさんは怪我の様子を確認している。

「痛っ!」

 患部を軽く押され、思わず声が出てしまった。

「これはひどいね。よくこんな状態で動いてたもんだわ」

 呆れたように言われた。私としても、この状態で戦いましたとは言えない。

「動くどころか……」

 エラゼルが余計な事を言いそうになったので、睨みつける。

「時間がかかりそうだから、軽い人から済ませちゃうわよ」

 メサイナさんの言葉に、エラゼルが勝ち誇ったような顔をした。さっさと終わらせて着替えてしまいたいのだろう。

 メサイナさんが詠唱し、魔法を発現させる度に、エラゼルの痣は消えていった。

「前も含めてもう無いかしら?」

 エラゼルは体をあちこち見回すと、ほっとしたように頷いた。

 ベッドを降りて、鼻歌交じりに着替えるエラゼルを横目に、私は枕に顔を埋める。

「始めますよ」

 メサイナさんの声が聞こえたので返事をしたが、上の空だった。

 色々あって、頭の中を整理したい。そう考えていたら、背中に暖かいものを感じた。それとともに痛みが薄れていくのが分かる。痛みの緩和のおかげか、魔法の効果か、気持ちが落ち着いていく。

 いつの間にか、私は眠ってしまっていた。

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