(一)救護院③
「ラーソルバール……」
どれくらい眠ったのだろうか、私はエラゼルの声で目が覚めた。
夢を見た訳でもなく、施術時間だけであれば、それほど時間が経ったとは思えない。
「いつの間にか寝ちゃってたね」
少々気恥ずかしい。
「ちょっと起きてこっち向いて」
言われるがままにメサイナさんの方を向く。
「前は大丈夫そうだけど、あれだけの怪我をしていたんだから、一応調べますよ」
「はーい」
寝不足も有って、半分寝惚けているため、この時は恥ずかしさを忘れていた。
「前も何箇所か打撲があるわね。何をするとここまでの大怪我になるの?」
ため息混じりに言われるとどうしたら良いか分からない。
「はあ……何と言って良いか。オーガに吹っ飛ばされました」
仕方が無いので、とりあえず正直に言ってみる。
メサイナさんは驚いたように私の顔を見ると、そのまま硬直してしまった。
「うむ、普通の反応だな」
エラゼルが苦笑した。
「普通の人間なら、あの一撃で死んでいる。それを軽業師のような真似をして凌ぐのだから、最早……」
「いや、凌げてないからこうなってたんでしょ」
体も良くなり、二人とも気が緩んだのか、ようやく冗談交じりに話せるようになった。
私の事を気遣って、エラゼルまで重い空気を纏っていた先程に比べれば、格段の違いと言える。
メサイナさんは半ば呆れ顔で治癒を続けると、私の顔を見た。
「こんな可愛い子達が危ない事をして……。違う生き方も有るでしょうに」
「私には多分、この道しか無いんです……」
心配されているのは分かる。いつ命を落とすかも分からない。戦争になれば、その確率は上がる。けれどこの国と、みんなを守りたい。かあさまとの約束でもあるが、自分自身がそうしたいと思っている。違う道に行くということは、今までの自分を否定し、夢を捨てる事になる。
メサイナさんは私の目をじっと見つめる。そして両手を私の頬に添えた。
「治癒は完了よ。また同じような事で怪我をしたら、私のところへいらっしゃい」
優しい笑顔で、私に語りかけた。
かあさまが生きていたら、この人と同じくらいの年。きっとこんな感じなのかな。
一瞬だけ面影を重ねてみる。少し涙が出た。
「はい」
涙声だと気付かれないよう、短く答える。
「宿泊用の部屋は二つかしらね」
「いや、ひとつでいい」
なに。私は慌てて振り返ってエラゼルの顔を見たが、視線を外された。
結局、部屋は二つ用意されたが、ひとつは無駄になる予感がした。
着替えてしばらく休んでいたら、お腹が減っている事に気付いた。そういえば起きてから何も食べていない。夜中の騒動が有って、起きたのがお昼前頃。気が張っていて、今まで完全に忘れていた。気付けば急激にお腹が減った気になるものだ。
高い位置にある窓から射し込む光は、もう赤みを帯びている。
色々あった休暇も明日で終わり。けれど振り返っている余裕はない。あの魔法使いはまたやってくる。
その前に。
「エラゼル、食事しに行こうか」
彼女の顔も夕日で赤く染まっていた。
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