第十五章 その流れる先は

(一)救護院①

(一)


 私とエラゼルを乗せた馬車は、大きな建物の前で停車した。

 二人で馬車を降り、建物を見上げる。

 この街に住む者として、建物の存在を知っては居たが、今までそれが何の施設なのか全く知らなかった。知ろうとすることも無い、言わば無縁な存在だった。

 建物は教会に隣接しているが、門柱を良く見れば小さく騎士団の紋章もある。

 これが救護院なのだろう。

「手続きは済んでいる。私がサインすれば良いだけなので、待たされる事はないはずだ」

 救護院に到着した事で、グランザーさんがほっとしたような表情を向ける。

「巻き込んでしまって申し訳ありませんでした」

 私はまず謝らなければいけない。

 言い損ねていたので、馬車の中でずっと気になっていたのだ。

「いやいや、謝らなければならないのは我々の方だ。夜の事件も我々騎士団が即座に対応出来なかったのが悪いのだ。本来であれば、狙われるのは我々でなければならないはずだろう?」

 先を歩くグランザーさんは足を止めた。

「それを、街のために戦わせて怪我までさせ、挙げ句に命まで狙われるとは、もはや何と謝れば良いやら……」

 申し訳無さそうにされると、こちらが困る。

「私はともかく、エラゼルを守って頂けると助かります」

「ん? 私はそのような気遣い不要だぞ」

「公爵家の娘に何かあったら一大事でしょうが……」

 頬を膨らませ、怒ったふりをしてみせる。

「公爵家? 確かデラネ………。……って!」

 グランザーさんが固まった。

「気にしないで頂きたい。私はただの騎士学校の生徒です」

 そう言いながら、エラゼルは私の頭に軽く拳骨をくれた。

「はあ」

 納得したような、してないような微妙な顔をした後、グランザーさんは止まっていた足を動かす。

 グランザーさんが入り口の扉を開けると、そこは清潔感のある不思議な空間が広がっていた。教会に隣接していた事もあり、もっと宗教色の濃い場所かと想定していたのだが、実際にはそうではなかった。正面奥に掲げられた王国旗が、教会の持ち物でない事を示している。

「お待ちしていましたよ。ミルエルシさん」

 そう言って迎えてくれたのは、父と同じくらいの年の女性だった。

「本日お世話になります。よろしくお願いします」

 どういった挨拶をして良いか分からずに、結局普段と変わらぬものになってしまった。

「では、私はここで失礼する」

 サインを終えたグランザーさんが、私達の顔を見る。

「来年の配属を楽しみにしているぞ」

 そう言って手を差し出した。

「本日はありがとうございました。またお会い出来るよう、頑張って卒業します」

 私はグランザーさんの手を握った。

 エラゼルも私に続く。

 挨拶を終えて笑顔を見せると、グランザーさんは扉を開けて帰っていった。

「さあ、行きましょうか。私はメサイナ。一月救護官です」

 絵画も彫刻も無い質素な廊下を進む。

 体の方は歩く度に、悲鳴を上げそうになる程の痛みが走る。エナタルトさんに施して貰った術も、先程の戦闘で台無しにしてしまったのかもしれない。

「お二人の事は騎士団の方から聞いています。街を守って怪我をしたから、治してあげて欲しいと」

 メサイナさんに案内されたのは、それほど大きくない部屋だった。

「本日治癒を施しますが、念のため今日はこちらに泊まって下さい」

「念のため?」

「治癒の効きが良くない方や、ごく稀に、治癒の反動が出る方がいらっしゃいますので」

 そう言って穏やかな笑顔を見せた。

「私も泊まっても?」

 エラゼルが質問をする。

「ええ、付き添いの方がいらっしゃると聞いていましたので、問題ありません」

 その答えにエラゼルは、ほっとしたようなような顔を見せる。

 最初から一緒に泊まる気だったのだろう。今気付いたが、手にはしっかりと着替えが入っていると思われる鞄を持っていた。心配されているのだろうが、昨年末以来、かなり私にべったりなエラゼル。

 嬉しいような、嬉しくないような、私は苦笑いをした。

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