(三)燻る炎③
「キミじゃない……」
謎の人物はエラゼルを見るなり首を振った。
「何が目的だ!」
エラゼルが食って掛かる。
「だから言ったろう? 馬車の中で聞いてなかったのかい? 僕の大事な手駒を殺してくれたばかりか、僕の実験の邪魔をしてくれたお礼がしたいんだよ」
「礼なら、私に言ってくれても構わん!」
エラゼルはグランザーさんと息を合わせるように剣を抜いた。
「勝気な女の子は嫌いじゃないけどさ。言っただろう? キミじゃないんだよ。邪魔をするなら、キミ達にも消えてもらう。……ああ、僕の事を見たんだから、結局殺すしかないんだった……」
一瞬、魔力の高まりを感じた。
慌てて、馬車から転がり出る。
「ラーソルバールっ!」
エラゼルが私を見て叫んだ。
「
エラゼルに向けて謎の人物からの魔法が飛ぶ。その瞬間、私はエラゼルの前に立った。
もの凄い速度で迫る炎の塊。魔法での遮断は無理だった。私は剣で炎を一閃する。
その瞬間、炎は霧散した。
「な! 魔法を剣で切って消した?」
魔法を放った男は、驚きを隠さなかった。
「ふふふ……。面白いねえキミ。そうそう、キミだよ。キミにお礼をしようと思っていたんだよ」
男は舌なめずりするように、不気味に笑った。
「今回の仕掛け人はあなた?」
私は男を睨みつける。
「だとしたら、どうする?」
「……なら、私もお礼をしなきゃね……」
「そうだな。同感だ」
エラゼルが私の横に出て、剣を構えた。
「こらこら、ここは大人の領分だ。街の人を悲しませたこの男を、騎士として許す訳にはいかん。捕まえて背後関係を吐かせてやる」
グランザーさんの怒りと気迫が伝わってくる。その表情は非常に険しい。
物音に気付いた住人達が窓から顔を覗かせるが、騒ぎに巻き込まれたくないとばかりに扉を閉める。
私としても住民の巻き添えは困るので、出てこないで居てくれたほうが有り難かった。
「おや、三人程度で僕の相手が務まると思っているのかい?」
「貴様、たった一人で我々の相手が出来ると思っているのか?」
挑発には挑発で返す。エラゼルが不敵に笑う。
「エラゼル、少しだけでいいから相手に隙を作って。今の私じゃ、全力の動きはほとんど出来ない」
エラゼルにしか聞こえない程度の声で伝える。
「努力しよう。だが、私が仕留めても構わんのだろう?」
「もちろん」
私の答えに無言で頷くと、エラゼルはグランザーさんに目で合図を送った。
先に動いたのはグランザーさんだった。あっという間に距離を詰めると、物凄い横薙ぎをしてみせる。
騎士団長クラスに劣らぬ剣は、さすが三月官と思わせた。
紙一重といったところで、下がって避けた男だったが、読んでいたかのように、エラゼルがそこを襲う。男はさらに一歩後退したが、斜め下から切り上げた剣は、男のローブの裾を切り裂いた。
「ち! 僕のお気に入りを」
男は苛立ったように吐き捨てる。
エラゼルがニヤリと笑い、人差し指で自らの頬を指して見せた。
男が頬に手を当てた途端、形相が変わる。その手と頬は血で真っ赤に染まっていた。
男にとって、二人の力量は想定外だったのだろうか。
「貴様等は生かして返さん!」
男は怒りに震えた声で叫んだ。
「それはこちらも変わらん」
グランザーさんが容赦なく斬りかかる。男も避けてはいるのだが、当たりそうな攻撃が全て、何かによって弾かれている。
エラゼルが切りつけた時には無かったものだ。
(何が原因?)
何か呪文を唱えて魔法を発動させたようにも見えない。
痺れを切らしたエラゼルも、同時に切りかかる。さすがに二人が相手となると、男も回避が厳しくなったのか、表情から余裕が無くなった。
再びエラゼルの剣がローブの袖を切り裂いた。彼女の剣はグランザーさんのように弾かれない。
(そうか!)
理解できた。
だが、動こうにも体が痛い。エラゼルに偉そうに言った手前、ここでただ立っている訳にはいかない。
体の痛い箇所に魔力を流すようイメージし、歩いてみる。少しだけ、痛みが引いた気がした。
私は戦う三人に近付くため、歩を進める。
時折風が運んでくる焦げ臭い匂いが、苛立つ私の心に悲しみの要素を加える。
これ以上、勝手をさせるものか! 街のために涙を流すのは、これが終わってからだ。
自分に言い聞かせた。
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