(三)燻る炎②

 私が外に出ると間もなく馬車がやって来た。

 一緒に馬に乗って騎士も一人ついてきており、私の目の前までやってきて下馬すると、馬車の扉を開けた。

「君がラーソルバール・ミルエルシか?」

「あ、はい」

 名を聞かれ、慌てて返事をする。

「私は救護院までの護衛の役を仰せつかっている、グランザー三月官だ」

「三月官?」

 また随分偉い人が来たな、私は思った。


 三月官とは階級のひとつで、下は一地兵から始まり五地兵

 次に一空兵から三空兵。

 その上、一星官から三星官。

 一月官(三日月形)から三月官、半陽官となり、最後に一陽将、二陽将、三陽将となる。ちなみに騎士団長は一陽将以上が務め、騎士学校卒業生は一星官から始まる事になっている。


「申し訳ありません、体を痛めていて体を曲げて頭を下げる事ができません。敬礼でお許しください」

 私は騎士団式の敬礼でグランザーさんに挨拶をした。

「いや、気にしなくて良い。私がサンドワーズ団長に怒られてしまう」

 苦笑いしながら第一騎士団長の名を口にした。

「ああ、夜中に騒動の対応をしたのが第一騎士団と第二騎士団だ」

 横に居たエラゼルが補足する。

「オーガに止めを刺したのも、ラーソルバールをここに運び込んでくれたのも第一騎士団の方々だ」

「いや、止めというか、ほぼ死んでいる奴を動かなくしただけだ。と言っても完全に動かなくなるまで、なかなか時間が掛かったがな」

「すごいぞ、首を落とされても、しばらくは腕や足が動くのだ。なかなかの恐怖体験だぞ」

 エラゼルは苦笑いした。

「さあ、早く馬車に乗り込んで」

 促されるままに馬車に乗り込むと、続けてエラゼルも乗り込んできた。

「エラゼルも行くの?」

「私は付き添いだ。保護者のようなものだ」

 そう言って顔を赤くする。

 騒動の収拾を手伝わせて貰えないと先ほどぼやいていた事もあり、残っていても暇なのだろう。

「よろしいかな?」

 確認するようにグランザーさんが聞いてきた。

「大丈夫です。お願いします」

 私が答えると、グランザーさんは扉を締め、馬車を発車させた。

 馬車から見える街の様子は、悲惨なものだった。遠くから見えていた煙も、近くで見ればかなり大きなもので、燃え残りが時々赤くなり、焦げた臭いを馬車内にも運んでくる。騎士達が瓦礫を片付けたり、怪我人の手当てをしている様子も見えた。

 向かいに座るエラゼルの顔を見ると、やはりその表情は曇っていた。

 被害の有った一帯を抜け、いつもと大差のない街の様子を見て、少しだけ安堵したが、胸を締め付けるような悲しみは消えない。


 賑やかな通りを抜けた時だった。

 大きな音と共に、馬車が揺れた。

「貴様、何者だ!」

 グランザーさんの声が聞こえる。

「アンタには用は無い。僕は大事な手駒の『黒』をやられたお礼をしないと気が済まなくてね。多分、その中だろう?」

 誰かがいる。

「何の事だ?」

 窓から覗くと、グランザーさんが剣に手をかけていた。

 危険な臭いがする。私も出て、加勢しなくてはと身を乗り出す。しかし、エラゼルが飛び出そうとする私の手を掴んで制止した。

「私が出る」

 エラゼルは短く告げると、私を残して馬車から降りた。

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