(三)燻る炎①

(三)


 私は痛い体を起こして着替えると、またベッドに腰を下ろした。

「確かにこのままじゃ結構きついな…」

 右足が大分痛いし、背中も痛い。動けるだけでもましになったのだろうが、生活するには支障がありそうだ。

「無理をするなよ」

 隣で見ていたエラゼルが心配そうな顔をする。

 彼女の目が少し赤いのは、泣いたからなのだろうか。

「あの子はどうなった?」

「ん……? ああ、瓦礫の下の娘か。あの後、騎士団が救いだしてくれた。残念ながら、親は瓦礫の下で亡くなって居たが……な」

「そう……」

「気に病むな。私達が駆けつけた時点でも、既に手遅れだったろう」

 エラゼルも言葉とは裏腹に、気落ちしている様子が伺える。

 私は唇を噛んだ。

 全ての人を救うなんて無理な話だ。自分の手の届く範囲で出来ることをするだけだ。そう自分に言い聞かせても、悔しさは消えない。

「門とやらは数ヶ所出来たらしいが、騎士団が押さえたのは、あの一ヶ所だけだ」

「他にも門が有ったの?」

「らしいな。痕跡が有ったとか。騎士団から聞いたのだが、その近辺にも怪物が出たらしい。殆どがオークやゴブリンなどで、オーガも一体出たらしいが、あいつに比べれば大分小物だったという話だ」

 エラゼルはそう言って、私の顔を見ると肩をすくめて苦笑した。

 一番の難敵を相手にしたのは私達だったということか。

「運が良かったのか、悪かったのか」

「退治できたのだから、結果的には良かったと思えばいい。結局のところ、我々に出来ることなど、そう多くはないということだ」

 私の心の内を見透かしたような言葉だった。

「私達、神様じゃないもんね」

「こういう理不尽を享受させるなど、神も存外大したこと無いかもしれないぞ」

 鼻息荒くエラゼルが憤る。

「教会の人に聞かれたら怒られるよ」

「私は気にせん。彼らは『死んだ者は信仰が足りない』等と言いかねん。元々我が家は教会の教えには懐疑的だからな。表向きはそうは言わないが」

 公爵家が表だって教会を批判したら大変だろう。

「きっと、私が魔法を使えないのも、信心が足りないからなんだな」

「それは鍛練が足りんからだ…。まあ、神聖魔法が使えないというのは違うと断言できんか」

 冗談のつもりで言ったのだが、真面目に返された。もう少しさらっと流してくれても良かったのに。

「あと、リックスさん達は?」

「彼らは無事だ。大怪我したのはラーソルバールだけだぞ。他人の心配ばかりしておらんで、少しは自分の心配をしろ。ほら、ぐずぐずしている暇は無いぞ。救護院行きの馬車が来てしまう」

「ああ、そうだった」

 エラゼルに急かされ、ベッドの脇に置かれた剣を手にして立ち上がる。

 よろよろとドアまで歩くと、心配そうにエラゼルがついてくる。

「エナタルトさん、ありがとうございました」

 背中が痛いのでお辞儀ができない。会釈だけしてドアの取っ手を握る。

「なんの、お礼を言うのはこっちの方だよ。街を守ってくれてありがとうね」

 改めてお礼を言われると、妙に気恥ずかしい。

 けれどその優しい笑顔が少しだけ、体と心の痛みを忘れさせてくれた。

「私達は騎士の卵ですから…」

 やるべきことをやった。できる事をやった。そう思う事にしよう。

 私たちは治療室を後にした。

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