(二)燃える街③

 大きな怪我をするかもしれない。けれど迷っている余裕さえも無かった。

 迫る拳を右足の裏で蹴って体を浮かす。出来るかどうかは分からないが、防御の為に全力で足に魔力を流し込んだ。

 膝を使って勢いを多少吸収できたものの、それだけでは足らずに私は大きく弾き飛ばされた。

 地面に叩きつけられそうになる直前、着地をしようと試みて左足と右手をついた。だが、それでも勢いは殺せず、私は何度も転がりながら住宅の壁に激突した。

「ぐっ!」

「ラーソルバール!」

 エラゼルが叫ぶ声が聞こえた。

「……い……た……」

 背中を打って声が出ない。動こうとしても体が言うことをきかない。拳を受けた右足も痛い。

 オーガは這いつくばりながらも、なおも私を追ってくる。その生命力に驚愕した。

 エラゼルが剣を構えて再度の攻撃を試みようとした時だった。

「大丈夫か!」

 喧しい金属音と共に、騎士団が駆け寄ってきた。

(ああ、お願い……エラゼルを……、リックスさん達を助けて……)

 右手が空を掴み、私は気を失った。


 目が覚めたとき、私は見覚えのある部屋のベッドの上に居た。

(ここ、どこだっけ?)

 天井を見ても思い出せない。

 気絶する前のことはしっかり覚えているが、その後の事は全く分からない。


 私は何処に運び込まれたのだろうか。

 そうだ、街はどうなったのだろう。

 エラゼルは?

 リックスさん達は無事だっただろうか。

 それと瓦礫の下に居た少女は?


 慌てて体を起こそうとしたが、背中に痛みが走った。

「いてて……」

 起き上がれなかったが、全く動けないという程ではない。

 手を使えば何とかなる、と思ったのだが、右手が重く動かない。

 何だろうかと思って、寝返りをして横を向く。

 見ると私の右手をしっかりと掴み、椅子に座って上半身だけベッドに乗せて眠るエラゼルが居た。

「エラゼルも無事だったんだ……。良かった……」

 少しだけ安心すると、私は周囲を見渡す。窓から差し込む光が、夜が明けたことを教えてくれた。

「ああ、ここは騎士学校の治療室か……」

 ゆっくりと体を起こして窓から外を見る。青空に向けて幾筋かの細い煙が上がっているのが見えた。ある程度消火されたものの、まだ火が燻っているのだろうか。

 怪物達は……、門はどうなったのだろう。

 ベッドの脇には、何事も無かったかのように私の剣が立てかけられていた。

 さすがの強化魔法付与だな、と感心する。

「そういえば、エラゼルの剣は凄い切れ味だったなあ……」

 刃物が凄いのか、付与された魔法が凄いのか、使い手の腕がいいのか。

 エラゼルが起きたら聞いてみよう。


「どう? 動ける?」

 しばらくすると、エナタルトさんがやって来た。

「まだ大分痛いですけど、何とか」

 体の向きを変えようとしたら、痛みが走った。

「ごめんなさいね、ここじゃそれが精一杯の治癒なの。応急処置だからもう少し我慢して頂戴」

「もう少し?」

 気になったので聞いてみた。

「ええ、騎士団の手配で、今日は貴女は救護院行きが決まってるのよ。否応無くね」

「本人の了承無くですか?」

 私は苦笑した。

「そのままでもいいけど、しばらく動けないわよ。骨は折れたりはしていないけど、何ヵ所か捻挫しているし、かなりの打ち身もあったりして大変よ」

 エナタルトさんは少し意地悪い顔をした。

「その娘、夜中は泣いて泣いて大変だったんだから。大丈夫だからって言ったのに、ここにいて付き添うって聞かなくて」

「そうか、エラゼルが……」

 この怪我で全身が痛いのに、悪夢にうなされる事無く、朝を迎えられたのはエラゼルのおかげなのだろう。

「ん……」

 エラゼルがもぞもぞと動き、ゆっくりと目を開ける。

「おはよう、エラゼル」

 そう言うと、今にも泣き出しそうな顔でしがみついてきた。

「いたたたた、いたいよ、エラゼル」

 ごめんね、心配かけて……。そして、ありがとう。痛みの残る左腕で、そっと彼女の頭をなでた。

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