(三)王太子①
(三)
結局、王子は「多分、また来る」と有り難くない言葉を残して戻っていった。
ラーソルバールの予想が正しければ、王子は王太子を連れて戻って来る。
先程の話から考えれば、憧れの存在が居ると聞かされた王太子が黙っているはずが無い。
父も同じような事を考えているのだろう、大きな溜め息をついた。
「ラーソル、殿下にお会いしたとは聞いてないぞ」
シェラやガイザも大きく頷く。
「あー、うん。その……エラゼルの誕生会でね、殿下に捕まっちゃって………」
「そうそう、王子と踊ったしな」
他人事のようにエラゼルが余計な補足をする。
「踊った?」
呆れ顔で父が聞く。
「正しくは『踊らされた』です。あの時は、な、ぜ、か、同年代の女の子が殆ど居なくてね」
余計な事を言ったエラゼルを睨みつつ、その原因となった本人に恨み節をぶつける。
「ふむ、確かに少なかったかもしれぬな……。なぜか……な……」
そう言いつつ、エラゼルはそっぽを向く。矛先を向けられて都合が悪くなったのだろう。
素知らぬ顔で誤魔化すエラゼルを見て、頬でもつついてやろうかとラーソルバールは思ったのだが、何の解決にもならないので止めておいた。
「でも、もし王太子殿下が来られても、私の責任じゃないよ。父上が何とかしてくださいね」
そこの責任の所在は明確にしておきたいらしい。
「あのお二人は厄介者か?」
エラゼルは思わず吹き出した。
「エラゼルのような家ならともかく、我が家では一大事です!」
「そうねえ……」
「はは、うちもそうだな」
シェラとガイザが援軍になる。
「この際、父上を残して別の場所に行こうか……」
「待て待て…問い詰めた私が悪かった」
十数年ぶりの社交界に引きずり出された父にとっては、昔馴染みが数名居る程度で、知人は多くない。領地を接するフェスバルハ伯爵との接点はあったが、向こうは今や大臣の身。軽々しく話しかける事も控えなければならない。
そこに王太子が来たとしたら、父はどうして良いやら分からなくなるのだろう。
立場の弱い父を見て、娘として何とかしてやるかと腹を決めた。
「馴染みで、気兼ねなく話せて頼りになりそうな人……」
周囲を見渡し、父の知人を探す。
「いた!」
意外にもすぐに目に止まったのは、豪奢衣装に混じって異彩を放つ、鎧の男だった。
ラーソルバールは、急ぎつつも走らぬよう、人の隙間を縫って移動する。
そして、壁際で暇そうにしていた男の手を掴んだ。
「シジャード様、少々お時間をお借りできますか?」
「何処の綺麗なお嬢さんかと思ったら、お転婆娘だったか。丁度今、警備を交替した所だから問題ないが、何か?」
ラーソルバールが助けを求めたのは、第四騎士団長のシジャードだった。
「少しだけお力をお貸しください」
「力を貸すとは何の事だい?」
そう聞かれて、ラーソルバールは事情を簡潔に説明をした。
「あはは、そうか父上がお困りか。私も王太子殿下とはそれほど接点は無いが、何かの助けにはなるかもしれんな。それに、美人の頼みは断れない」
その様子を見ていた周囲の人間は、良く事情の飲み込めず、シジャード騎士団長に女性問題発生かと訝しがる。
「あ、知人の娘です。変な誤解はされませんよう……」
何となく状況を察したラーソルバールが周囲に頭を下げたため、恐らくは誤解も解けたに違いない。
戻る際は誤解を招かぬよう手を引くなどせず、整然と歩き細心の注意を払った。
「お久しぶりです、クレストさん」
シジャードはラーソルバールの父を見るなり、声をかけた。
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