(三)王太子②

「やあ、シジャード君、久しぶり。済まないねえ、娘に無理矢理連れてこられたみたいで」

 父は慌てることもなく、シジャードに向かって苦笑いを浮かべる。

 対して、シェラやガイザは驚きの余り、硬直していた。

 ガイザはラーソルバールから、シジャードが父の知人であるという事を聞かされていたものの、このような場所で会うことになるとは思っても居なかった。

「いえいえ、構いませんよ。クレストさんのお役に立てるのなら」

 父がまだ騎士団に所属していた頃、シジャードが直属の部下だった、という程度の事しかラーソルバールは聞かされていない。

 父が騎士を辞した後も、見舞いに来たり、話し相手に来たりと色々と気を配ってくれていた。

 時折、ラーソルバールの相手もしてくれていたが、近頃は父の酒の相手までしていたようだ。

「おや、ここに居る若い方々は皆、騎士学校の生徒か。将来楽しみにしているよ。それと、エラゼル嬢……でしたか、お転婆娘との対戦、団長一同で楽しく拝見させていただきましたよ」

「お目汚しで失礼致しました」

エラゼルは微笑を浮かべ、て応じた。


「聞けば、先ごろまで国境警備の任だったそうだが」

「ええ、少し帝国の動きが怪しくなってきていまして……」

「その先も聞きたいが、軍務に携わる者ではない私が聞いて良い話ではなさそうだ」

 そう言ったところで、何やら周囲が騒がしくなってきた。

「王太子殿下だ……」

「殿下!」

 各所で声が上がるのが聞こえる。

 国王の脇に座り、応対をしていたはずの王太子が、平場に下りてきたのだから皆の驚きは当然と言えた。

 第二王子であるウォルスターとは反応が違うのは、立場上やむを得ないところだろう。

 もっとも、ウォルスターの場合は、さらりと上着を着替えて本人と分からぬように抜け出して来るのだから、当然といえば当然かもしれない。

「いらっしゃったようだぞ」

 父が緊張したような声を出す。

 一同は頭を下げて王太子を迎える。

「ああ、今日はそういうのはいらない。皆、頭を上げてくれ」

 促されて、頭を上げる。

「ウォルスターからエラゼルと、赤のドレスのラーソルバール嬢……の所に行けば、双剣の鷲に会えると聞いてやって来た。二人とも、先日以来だが、変わった事はないか?」

「何も変わりません、王太子殿下」

 柔和な表情で答えるエラゼル。

 以前の彼女を知っていれば、この表情をする事自体が変化だと気付くだろう。ラーソルバールはそう考えたが、王太子には元よりこの態度だったのかも知れないと思い直した。

「そうか? 何やら違和感がある気がするが……まあ良いか」

 王太子は少し首を傾げたが、あまり深くを考えなかった。

 それよりも優先事項がある、という事だ。

「シジャード、この方が『双剣の鷲』、クレスト殿か」

 シジャードの隣に立つ、杖を手にした壮年の男を見る。

「はい、左様にございます、王太子殿下」

 シジャードが答えると、父は頭を下げ、ゆっくりと顔を上げた。

「私がクレストにございます」

「ああ、間違い無い。その顔、私が憧れた双剣の鷲だ……」

 嬉しそうに見詰める王太子。

 少年時代に見た光景が蘇ってきたかのような感覚が、王太子を揺り動かす。

「今はただの飛べぬ鳥にございます」

 緊張した面持ちで、王太子に相対する。戦いの前よりも緊張した、と後に娘に語った瞬間でもある。

「良く知っておる。毒矢を受けてその後、病に伏せった事も……。国として何かしてやれぬかと、父王に何度か願い出たことがある。だが、特別扱いはできぬと断られたがな」

「王太子殿下の御恩情、身に過ぎたるものにございます。何と申し上げて良いやら……」

「なに、結局何も変わる事は無かったのだ。何もして居らぬのと同じよ。国のために尽くしてくれて負った傷なのに、それに報いてやる事ができなんだ。これほど悔しい事があろうか」

 拳を震わせ、申し訳無さそうに王子が頭を下げた。

 実直な性格なのだろう。父を見るその姿に、ラーソルバールの心は嬉しさと切なさで締め付けられた。

 この方が国を継ぐのであれば、何も心配する事は無いだろうと思える。

「私めなどの為に頭を下げないでください。その御心だけで、私は十分にございます」

 慌てて王子に頭を上げさせる。

 だが、王太子の表情は晴れない。

「貴公は傷を負って以来、こうした会に出席したことは無かったのであろう?」

「はい。杖を使えば多少は動けるようになりましたので、今日は娘の付き添いにございます」

「そうか、多少は動けるか……」

 そう言うと、王太子はようやく笑みを浮かべた。

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