(二)父親の存在③

「そういえば、ガイザは誰かと一緒じゃないの?」

 ラーソルバールは疑問に思った事を口にした。

「ああ、クラスの奴も何人か来ているんだが、日頃顔を合わせている連中と一緒に居ても、変化が無くてつまらないしな。勿論、フォッチョなんかは御免だ」

「素直にラーソルと一緒に居たいって言えばいいのに……」

 わざわざ聞こえるように言って、ガイザをからかうシェラ。

「いや、そうじゃ……」

「何、そうなのか? 彼は婚約者だったのか?」

 ガイザが否定しようとしたところを遮り、エラゼルが食いついた。

「エラゼル、ガイザは婚約者じゃないから。っていうか、私は婚約者いないから!」

 必死に否定するラーソルバール。

 その脇で、してやったりと笑うシェラ。小さな復讐を果たし満足した様子だった。


「そういう事はあまり大きな声で言うもんじゃないな。誰に目をつけられるか分からんだろう?」

「……っ!」

 突然、背後から話しかけられただけでなく、その聞き覚えのある声にラーソルバールは驚きの余り、飛び上がりそうになった。

「おや、また友人かい?」

 父が振り返る。

 ラーソルバールは、思い切り首を横に振って全力で否定する。何も知らない穏やかな表情の父とは裏腹に、冷や汗が出て止まらない娘。

「……?」

 娘の意外な表情に状況が理解できず、父は首を傾げた。

「おや、殿下」

「やあ、エラゼル」

 声をかけてきたのはウォルスター王子だった。

(どうしてこの人は、こういう現れ方をするんだろう……)

 まだ弾けそうな程に動いている心臓を抑えるように左胸に手を当てると、ラーソルバールは半ば呆れ気味に王子を見た。

「殿下……? …………殿下ぁ?」

 父とともに、ガイザとシェラが驚いた。

「ウォルスター殿下は何故こちらに?」

 父に教えるようにわざわざ名前を呼ぶ。

「ああ、この会場で純白のドレスってのは目立つものでね。純白のエラゼルが見えたから、隣の赤はラーソルバール嬢だと思ってね。二人に挨拶をしに来た」

「わざわざ有難うございます」

 恭しく礼をするものの、動揺は治まらない。

 状況が理解できなかった三人も、慌てて頭を下げる。

「今日は二人がどんな楽しいものを見せてくれるかと、期待していたのだが」

 様子を見るに、退屈だったのだろう。

 貴族のおべっかに飽きたから来た、というところかもしれない。

「このような会で、何をお見せするものがありましょうや」

 エラゼルが冷静に応対する。さすがに旧知の仲と言うだけの事はある。

「無いのか? そういえば、先日騎士学校で楽しい催しが有ったと、ナスターク侯から聞いたのだが」

「いえ、それはただの武芸の大会に過ぎません」

「そうなのか。まあ、それはそれで見たかったな。来年は私も出席してみるか」

「きっと殿下は退屈されますよ」

 面倒な事にならないようにする、エラゼルなりの牽制だろうか。

 それを察したラーソルバールも横で頷く。

「それは置くとして、二人の距離感が何か以前と違う気がしているのだが」

 さすがに王子の手前、エラゼルの腕を掴んではいないのだが、王子には何か感じるところが有ったのだろうか。

「気のせいにございます」

 あっさりと言ってのけるエラゼルだが、ちらりとラーソルバールを見て目で合図を送る。

「そうか? まあ良い。では、しばらくここに居ようか、兄上の隣は窮屈でたまらん」

 さらりと本音が出る。

(さっさと何処かへ行ってください!)

 言いたい事は、喉まで出掛かっていたが、さすがに王子相手に言える台詞ではない。

「それで…、貴殿がラーソルバール嬢の?」

「は、はい、父にございます。クレスト・ミルエルシと申します」

 父は深々と頭を下げた。

「クレスト………はて、聞き覚えが……」

 何かを思い出そうと王子は考え込む。

「……おお、『双剣の鷲』か! 幼い頃、騎士団に行った際に会った事が有ったな」

 思い出してすっきりしたのか、王子は笑顔を見せた。

「はい、私めの事などを覚えていて頂き、誠に恐縮です。殿下があまりにもご立派になられて、恥ずかしながら娘に言われるまでどなたか分かりませんでした」

「構わんよ、子供の頃の姿から想像できるような姿では困るからな。……そうか、ラーソルバール嬢は『双剣の鷲』の娘であったか。これは今日一番の収穫だ。兄上にも教えてやらねば」

「私はもう剣は持てぬ身。何も面白い事はありませんでしょう?」

 何やら嬉しそうな王子に対し、父は少々困惑したような表情を見せる。

「いや、勇名を馳せた『双剣の鷲』は、幼い頃の兄上の憧れだったのだよ。その影響で、兄上は双剣使いになったのだから」

「!」

 意外な事実を聞かされ、ラーソルバールも父と一緒に驚いた。

「ああ、そう言えば、王太子殿下は双剣であられましたね」

 思い出したようにエラゼルが手を鳴らした。

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