(二)父親の存在②

 ラーソルバール親子と、シェラを連れて、エラゼルは家族の下へやってきた。

「父上、少々よろしいですか?」

 丁度、他の参加者との会話を終えたところだったデラネトゥス公爵は、娘の声に振り向いた。

「おお、ラーソルバールさん」

 公爵はラーソルバールに気付くと、笑顔を向けた。

 娘の命の恩人であり、もう一人の娘の友であるラーソルバールは、公爵にとっては重要な人物だった。

「お久しぶりでございます、公爵様」

 ラーソルバールは深々と頭を下げる。

「先日は過大な物を頂きまして……」

「なに、イリアナの命を守って下さったのだ。急ぎ用意させたものであったから、あれでは少なかったのではないかと、後悔していたところだ」

 公爵の本音なのだろう。ただ、ラーソルバールとしてはそうもいかない。

「いえ、滅相もございません。私もお返ししたい程ですので」

「そう言われるな、差し上げたものを返されたとあっては、我が家の面子に関わる」

 冗談ぽく言うと、愉快そうに笑った。

「父上、ラーソルバールの父君、ミルエルシ男爵がご挨拶をと仰られたので、お連れしました」

「おお、そうか」

 表情を曇らせることなく、公爵はエラゼルの顔を見た。

 そして娘の脇に立つ、杖を片手にした人物に気付く。

「デラネトゥス公爵、お初にお目にかかります、クレスト・ミルエルシにございます。この度は、娘が多大なる物を頂きました事に対する御礼と、娘をエラゼル嬢の友としてお認めくださいますよう、お願いに参った次第です。それ以上の他意はございません」

 父は深く頭を下げた。

 友として「よろしく」ではなく「認めて欲しい」と言ったのは、娘に対する便宜は一切不要だと断りを入れたに等しい。

「……おお、貴方が『双剣の鷲』と賞賛されたあの、ミルエルシ殿ですか。わざわざのご挨拶痛み入る」

「いや、お恥ずかしい。かつてのそれは我が身に余る呼び名にございます。それに今ではこの通り、雛にも劣る次第です」

 父は自らの杖を見やると苦笑した。

「この度は、父親としてご挨拶に伺っただけにございます。これ以上、公爵のお時間を浪費させる訳には参りませんので、これにて失礼させて頂きます」

「そんなものを気にされなくても宜しかろうに、娘の恩人の父君だ」

「いえ、公爵に取り入ろうとした愚か者よ、と後ろ指を差されては、娘に顔向けできぬどころか、末代までの恥にございます」

 笑顔で、公爵の厚意に対する答えを告げる。

「成程、理解した。この父にしてこの娘有り。……エラゼル、良き友を得たな」

 公爵は喜び、娘にも笑顔を向けた。それに娘も黙って頷くことで応える。

「それでは、失礼致します」

「また、お会い致しましょう」

 父親同士、互いに頭を下げた。

 その姿を見て、娘二人もほっと胸を撫で下ろした。

 この後、シェラの父にも挨拶に行き、取り残されて待ちくたびれていたガイザの元に戻った。

「たまには父親らしい事をしないとな」

 そう言って父は、ラーソルバールの頭を優しく撫でた。

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