(二)過ぎ行く年②

 父とエレノールにデラネトゥス家で有った事を説明する。

 これが公爵家の威信にも関わる為に、他言無用とされた事も黙っていた理由だと付け加えた。

「まあ、悪い事をしたわけじゃないから良いが……。ただ、どうするんだ? そんな物を貰って。変にデラネトゥス家と関わると、後で色々と面倒だろう?」

「もう関わってるよ……その家の娘と関係を改善して、仲良くなりました」

「………はあ」

 エレノールが楽しそうに聞いている横で、父は大きく溜め息をついた。

「まあ、済んだ事はしょうがない。戦利品だと思って美味しく頂くよ……」

 渋々酒の封を切ると、エレノールと自分のグラスに注いだ。

「やっぱり、お嬢様に雇っていただきますね。先々が楽しみです!」

 妙に嬉しそうに言うのだが、その目はかなり本気のようだ。

 ラーソルバールが空笑いで返すと、場が和む。

 食卓を囲んで楽しく食べるのはやっぱりいいな、とラーソルバールは思う。寮の食堂では、毎日友人達と共に楽しく食べているのだが、やはり父と一緒に食べるのとは少し違う。

 それに今日は思いも寄らぬ来客があり、心が弾むのを感じる。


「それでお嬢様、明日の仕度は出来ているのですか?」

「まあまあ?」

 曖昧な返事をする。

 すると、エレノールが身を乗り出してきた。

「明日、新年の宴に出席される前に、買い物に出かけましょう。そのお金でアクセサリーも揃えないと。ドレスはオーダーしておいたやつが出来上がっているはずですから、それを取りに行きましょう」

「…な?」

 酒が入って饒舌になったのか、とんでも無い事を言っていた気がした。

「ドレスをオーダー?」

 父が食いついた。

「はい、伯爵様のご指示で依頼済みです」

「どんどん借りが大きくなっていく気がするが、お前返せるのか?」

「ねえ……」

 金の話ではない。色々な手配やサポートといったものを既に受けている。

 最初の件だけで、いつまでもそれに甘える訳にはいかない。

「今回、伯爵様は商工大臣に任命される事が決定したそうですので、そのお礼だそうです」

「おお、大臣になられるのですか。それはめでたい。あとでお祝いの品をお送りしないと。ラーソル、明日出かけたら選んでおいで」

「はい」

 ラーソルバールの返事にうなずき、酒を口に運ぼうとした父の手が止まった。聞き流してしまっていた話に、気になったことがあるのだろう。

「……大臣決定の『お礼』とはどういう事ですか?」

「先日の件で、陛下より信を頂き、その折に陛下は大臣職をお与えになる事を決断されたとの事です。商工を選ばれたのは、伯爵の街づくりの手腕を評価されたのだと思いますが、まず大臣ありきでお考えになられたそうです」

 なかなか表に出せないような事情をさらりと言ってのける。

 予め、伯爵からラーソルバールに伝えるように言われていたのだろう。

「伯爵としては、もとを辿ればうちの娘のおかげだと、お考えなのですか」

「そういう事になるかと思われます」

「義理堅いお方ですな……」

 ラーソルバールは黙って頷く。

「忘れるところでした! 明日は男爵様もご出席されるのでしょう?」

 伯爵に言われていたのだろうか、エレノールは思い出したように聞いてきた。

「ええ、まあ。娘一人を宮中の催しに送り出す訳にもいきませんからね」

「では、男爵様の衣装もご用意しないと」

 慌てて目測でサイズを測り始めるエレノール。彼女は服を着ていてもほぼ正確に測れるという事を、ラーソルバールは経験で知っている。

「あ、いや、うちに有るやつでいいんだが」

「いけません! お嬢様の為にも、しっかりとしたものをご用意しなければ」

「は、はあ……」

 抵抗しようとしたものの、見事に押し切られる。

「では、そのように。明日の買い物はその公爵家から頂いた物の中から出しましょうか」

「ああ、そうだ。聞くだけで恐ろしいが、それ、どれだけ入っているんだ?」

 グラスをテーブルに置くと、父は恐る恐るといった感じで聞く。

 ラーソルバールも言い出しにくくて黙っていたが、聞かれれば答えないわけにはいかない。

 大きく息を吸い込んで吐き、もう一度吸い込んだ。

「……金貨二百枚」

 ふたりが固まった。

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