(二)過ぎ行く年①

(二)


「父上!」

 台所で調理をしていたラーソルバールは、玄関の扉を叩く音に気付くと、父を呼んだ。

「今、火を使ってるから手が離せないの。お客様みたいだから、お願いします」

 娘の声が聞こえたのか、書斎に居た父クレストは椅子から立ち上がる。

「今行く」

 娘に応え、杖を手に取ると玄関へと向かう。

 扉を開けると、立っていたのはエレノールだった。

「おや、お久しぶりです。今日はどういったご用件で?」

 そう言いながら、エレノールを招き入れる。

「ちーちーうーえー!」

 誰が来たのか分からないラーソルバールは、来訪者の名を教えろと催促する。

「ああ、いらっしゃったのは……」

 言いかけたところで、エレノールが口元に指を当てて、内緒にしろと合図をしていることに気付いた。

 物音を立てないよう、こっそりと台所に近付くエレノール。

 背後からラーソルバールに抱きつこうとした瞬間に、気配を察知され、避けられた。

「エレノールさん!」

 現れた人物を見て喜ぶラーソルバール。

「いてて…さすが『赤のドレス』」

 勢い余って壁に激突したエレノールは、頭を押さえつつ苦笑する。

「今日はどうされたんですか?」

「あ、伯爵様から、年末最終日と、新年初日はここで手伝いをするようにと仰せつかっております」

 たんこぶができたのか、頭を擦りつつ答える。

「お屋敷の方はいいんですか?」

「ご家族は明日の新年会に御出席のため、王都別邸に。執事やメイドの半分がこちらで、残りは居残りです」

 身ぶりを交えて、説明をするエレノール。

「エレノールさん、何だか我が家のメイドさんみたいになってますね」

「専属になりましょうか?」

 さらりと言ってのける。

「う……、じゃあ……雇える余裕ができたらお願いします」

 ラーソルバールは体の良い断り方をしたつもりだった。

「では、お声がかかるのをお待ちしています。きっとラーソルバールお嬢様は、それが出来るようになりますから」

 にこやかに応じられてしまった。

 お世辞だろうか、それとも本音だろうか。少しだけ悩んだ。

「そろそろ鍋を動かさないと焦げてしまいますよ」

「あ、そうだった」

 料理の途中だった事を思い出した。

 鍋の中身を確認してから、一度火から外す。

「さあ、私も料理お手伝いしますよ!」

 エレノールは手を洗うと、袖を捲った。


 お手伝いのマーサは年末で忙しいため、前日から休暇となっている。そのため、この日は親娘二人の質素な食卓になるはずだった。

 そこへエレノールが食材を持ってやって来たので、自然と品数も増え、華やかな食卓に早変わりしてしまった。

「手際が全然違うんだよ」

 料理を前に、エレノールの凄さを父に報告するラーソルバール。

「お屋敷には料理人が居るので、私が料理する機会は滅多にありません。だから料理をするのはあくまでも自分用です。でも、料理のレシピは見よう見まねでだいぶ盗みましたけどね」

 ほんの少しだけ謙遜して見せる。

 そんな様子が可笑しくて、親子ともども笑顔になる。

「ああ、そうだ。父上にお酒を買ってきたんだった」

「酒?」

「うん、帰ってくるときに友達と一緒に買ったんだ」

 鞄から一本の酒瓶を取り出す。

「何だか高そうだな」

「まあ、そこそこ? エレノールさんも居るし、開けちゃって」

「それはいいが、そんな金持ってたのか? 伯爵から頂いた分はこの家に置いて行ったし…」

 不思議そうに首を傾げる。

 ラーソルバールは大きく溜め息をつきつつ、鞄から布に包まれた塊を取り出す。

「……実は大金貰っちゃって」

「またお前は……今度は何をしでかした?」

 呆れ気味に父が問う。

「要らないって言ったのに、無理やり持たされたんだよ……」

「あ、ひょっとしてデラネトゥス家から貰ったんですか?」

「……は?」

 エレノールの言葉に、硬直する父。状況が理解できないらしい。

「エレノールさん、知ってるんですか?」

「ここに来る前に、伯爵様から何となく」

「説明しろ」

 怒る一歩手前といった顔で、父はラーソルバールを見つめた。

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