(二)過ぎ行く年③
「返して来い……」
「いや、だから受け取ってくれないんだってば」
父に言われても、先方がうんと言ってくれないとどうにもならない。
ラーソルバールも苦笑いするしかなかった。
「しかし、娘の命の代金と考えたら、公爵家にとっては安いものなんでしょうね」
エレノールが呆れたように言う。
「そういう事なんだろう。まあ、うちにはそんな金無いから出せないが……」
「私の命の代金?」
気になったので聞いてみる。
「この金が無かったとしたら、うちから出せるのは金貨五枚がいいところだ」
「安っ!」
親と娘のやりとりを聞いていたエレノールは、声を殺して笑った。というよりは声も出ぬほど可笑しかったのかもしれない。
「仲の良い親子なんですね」
「ふたりだけの家族ですからね。とはいえ、父としてしてやれる事も、この体ですからそう多くはないのですが」
自嘲気味に話す父の姿を、ラーソルバールは何も言わずに見つめていた。
母が亡くなり、寂しく思うが、父から与えられるものが足りないとは思ったことがない。
カンフォール村に行けば、家族同様に扱い慕ってくれる人々もいる。だから自分は恵まれているのだと思う。
父にしたら、自分は相当なお転婆娘で、扱いに困る存在なのかもしれないが。
「ほらほら、食事が冷めてしまいますよ。食べましょう。というか、本当にメイドの私が一緒に食べて良かったのですか?」
エレノールが心配そうに聞いてくる。
食事前に何度か同じやり取りをしていたのだが、酒が回ってきたおかげでまた気になったのだろう。
「何回聞かれても答えは同じです! 一緒に食べた方が美味しいでしょ。ね、父上!」
「そうだな。作ってくれたのはほぼエレノールさんな訳だし、酒も一緒に飲みたい。一緒に食べて貰わなくては困るな」
「ありがとうございます」
そう言うエレノールが半泣きになる。
泣き上戸なのだろうか。
横目で見つつ、冷めかかった料理に手を伸ばし、口に入れる。魚料理だが泥臭さは無く、上品な味付けがされており、良い食材を使っているとすぐに分かるものだった。
「これ美味しい!」
その言葉にエレノールが反応した。
「覚えでおいででずが? 伯爵家で召し上がられだ物と同じぼのを用意じてびまじだ」
涙声で聞き取りにくい。
だが、確かにラーソルバールは同じような物を食べた記憶がある。いや正確に言うと味は一切覚えていない。
あの時は緊張しており、出された食事は食べはしたが、美味しかったのか不味かったのか全く記憶に残っていない。今も言われて、見た目で何となく思い出した程度でしかない。今更ながらに、こんなに美味しいものを、伯爵家は少し知っているだけの娘の為に良く出してくれたものだと思う。
他にも色々と心遣いをして貰い、本当に頭が上がらない。
今もエレノールが来てくれている事も含めて、ちゃんと礼を言わなくてはならない。
明日、気持ちを込めてお祝いの品を買おう。ラーソルバールは心に決めた。
一年の最後の食事に舌鼓を打ちつつ、和やかな雰囲気を満喫するラーソルバールだった。
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