(四)素顔のエラゼル①
(四)
人の流れは二年生の決勝戦へと向いている。
ラーソルバールはそれとは逆の方に向かって歩を進める。二年生の決勝は必ずアルディスが勝つと信じている。見るまでもない。今は少し一人になりたかった。
日当たりの良いベンチの近くへやって来た時だった。
「ラーソルバール・ミルエルシ! 待ちなさい、……いや……、待ってください!」
エラゼルの呼びかけに、ラーソルバールは足を止めた。
いつもの彼女と違う言葉が気になった。
彼女は駆け寄ってくると足を止め、ラーソルバールの顔を見つめる。
「負けました。完敗です」
エラゼルは何かから解放されたような穏やかな顔で、ラーソルバールに頭を下げた。そんな彼女の姿を、ラーソルバールは初めて見た。
「ど、どうしたの?」
普段と違う雰囲気に慌てるラーソルバールに対し、エラゼルは落ち着いていた。
「貴女の強さはお金や権力で手に入れたものでも、神に特別に与えられたものでもない、自身の努力の積み重ねによって得たという事を、私は知っている。だからこそ私は、貴女を尊敬しているし、目標として追いかけてきた」
優しい顔をして、ラーソルバールを見つめるエラゼル。
いつもの厳しい顔も美しいのだが、この時の顔は同姓でも魅入られてしまう程、美しく見えた。
「……愚痴になりますが、聞いてくれますか?」
「……うん」
どう接して良いのか分からず、少々戸惑うラーソルバール。
しかし、自分を見つめる目が真っ直ぐな事に気付くと、落ち着かなければいけないと感じた。
「私はデラネトゥス家の者として『人々を導く者として相応しい力を持て』と言われ続けて来ました。三女である私にも過大な期待が寄せられ、学問でも武芸でも学校とは別に家庭でも教師をつけられ、更に自分でも学んできました。何かで負けたら次は取り返す。自分を隠してでも、強く気高く振る舞う。それが当たり前でした」
淡々と語るエラゼル。
慰めのような言葉を、今のエラゼルが必要としないという事は分かっている。
それでも、彼女が頑張っていた事を知っている。知っていた人間がいたと分かって欲しい。
「うん、エラゼルが常に努力してたのは、他の誰よりも分かっているつもりだよ。それが誰にも真似出来るものじゃ無いって事も」
ラーソルバールの言葉に、エラゼルの瞳から涙がこぼれた。
「それでも、思うままにならないことに苛立ちは募り……、他人に当たり散らしても、心は晴れることはありませんでした…」
だからいつも少し悲しそうにしていたのか、と得心がいった。名家の重圧がずっと彼女を苦しめ続けていた事を、ラーソルバールは分かっているつもりで、分かっていなかったのかもしれない。
ちゃんと友人として近くに居たら、その苦しみを和らげることができただろうか。
「何にでも勝ち、誰からも遅れを取らない、それが私に課せられたものと思い、必死にやってきました。そして、貴女というひとつの壁にあたった。しかし……何としても勝たなければいけない、家名を汚す訳にはいかないと……」
エラゼルは拳を握り締め、必死に言葉を紡ぐ。
自分は、エラゼルにとって害悪な存在でしかなかったのだろうか。ラーソルバールは自問する。
「幼年学校を出てからは、良い目標だと思う事にしました。日々訓練し、学び……」
エラゼルの頬を涙が伝う。
「埋められない差かもしれないと思いつつも、勝ちたいと思って今までやって来ました。……けれど……今日貴女と戦って、負けてしまった。結局、貴女には敵わなかった」
自嘲するような言葉とは裏腹に、エラゼルは晴れやかな笑顔を浮かべた。
「努力しても越えられない壁が有ると気付かされ、スッキリしました」
純粋な笑顔を見て、ようやくラーソルバールの心にあった重しが取れた気がした。
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