(四)素顔のエラゼル②

「私なんて、エラゼルに負けてるところばっかりだよ。剣の勝負ぐらい勝たせて貰わなきゃ、不公平ってもんでしょ」

「……うふふ、不公平……ですか。私達『貴族』は不公平な世の中の上に立つような存在ですよ」

 エラゼルは笑った。頬を伝う涙は残ったままだ。

 スッキリしたと言うものの、まだ心の中で整理がつかないものはあるのだろうか。

 戸惑いを残したような笑顔が、ラーソルバールには気になった。

 だが、その答えはすぐに分かる事になる。

「……ラーソルバール、貴女に……お願いがあります」

 エラゼルからのお願いと言われて、一瞬驚いた。躊躇するように途切れがちに言われると、身構えてしまう。

「ん? ……私に出来ること?」

「……貴女にしか出来ない」

「?」

「……その……私の…………友……に……なって欲しい……」

 最後の方は消え入りそうな声で訴えかける。

 エラゼルは頬を染め、話しながら段々と俯いていき、終いには下を向いてしまった。

「ええーっ、改めて言われると困っちゃうよ。今まで一杯追いかけられたし……」

 慌ててラーソルバールの顔を見て、申し訳無さそうに縮こまるエラゼル。

 その様子が可笑しくて、ラーソルバールは笑ってしまった。からかった甲斐があるというものだ。

「冗談だよ、これからも……いえ、今まで以上によろしくね、エラゼル」

 その言葉を聞いて、エラゼルの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。

「ありが……とう……」

泣き出したエラゼルは嗚咽しながら立ち尽くし、ラーソルバールが差し出した手にも気付かぬ程だった。ここに至るまで余程思いつめていたのだろう。


 自分を隠して肩肘張って頑張ってきたのだろうが、本当は素直な普通の女の子なのだろう。そう感じてラーソルバールは思わずエラゼルを抱き寄せた。

「ねえ、エラゼル……。私は貴族とは名ばかりの貧乏男爵家の娘だよ。公爵家のエラゼルとは大分格が違うけど、大丈夫?」

「家柄や格なんて関係ありません。友は友です。誰にも文句は言わせません」

 涙で上ずった声で、エラゼルは約束した。

「まあ、他人が見たら、私はただの取り巻きだけどね」

 ラーソルバールは苦笑した。

「それは困りますが……」

 悲しそうな声を出す。

「そうならないように、努力するよ……あ……」

 ラーソルバールは思い出したように腕を解くと、肩に手を置き、エラゼルの目を見つめた。

「そうそう、エラゼルはこれからどうするの? ここは辞めるの?」

「何故です?」

 不思議そうに首を傾げる。

「イリアナ様が仰っていたけど、貴女がここに来た目的は宿敵である私を……」

「あー、いや、その……。結果がどうあろうと、一度ここに入ると決めた時から、最後までやりきるつもりでいました。………全く、姉上め余計な事を……」

 最後に小さく恨み節を入れたが、決めた事をやり抜く、その真っ直ぐさこそエラゼルなのだと、ラーソルバールは改めて理解した。

「それを聞いて安心したよ……って、もうひとつ大事な事を忘れていた。エラゼル、私と一緒に居る友達もよろしくね」

「承知しました」

 涙を手で拭いながら、笑顔で答える。

「そういえば先程、黒髪の娘とも話したような……」

「何を?」

「忘れました……」

 そう言って、エラゼルは照れくさそうに笑った。


 自分はずっとこの快活で真っ直ぐな娘を宿敵と位置づけ、複雑な感情を抱き続けていた。敵対心や競争心、そして憧れや……好感。あの娘の言葉で気付かされたのかもしれない。

 ここまで随分と回り道をしたものだ。

 これからは少し違う世界が見えるかもしれない。期待して居よう。

 ……これから?

「そうだ、私もひとつ言い忘れていた事があります……」

「なに?」

 エラゼルがニヤリと笑い、ラーソルバールを指差す。

「来年は……来年こそはそなたを叩き潰して、私が勝つ!」

 言葉とは裏腹に爽やかな美しい笑顔をラーソルバールに向ける。

「はいはい」

 二人は大声で笑い合った。

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