(三)激突③

(見えなかった……)

 ラーソルバールが本気を出したのは、最後の一撃だけだったに違いない。

 エラゼルには何となく、それが分かった。

 剣が音を立てて地面に落ちた時、エラゼルの再戦は終わった。

 とん、とエラゼルの頭に剣が軽く触れると、審判員は手を上げた。

「勝者、ラーソルバール・ミルエルシ!」

 宣言と共に、観衆から大きな拍手と、大きな声援が飛んだ。

 勝者であるラーソルバールだけではなく、エラゼルへも惜しみない拍手と声援が飛ぶ。

 誰が見ても、良い試合にだったのだろう。

 力が抜け、うな垂れ掛けていたエラゼルだったが、周囲の声に気付くと、応じるように手を振った。

 気恥ずかしそうに、はにかみながら声援に応える姿は、気高い公爵家の令嬢ではなく、一人の少女そのものだった。

「見て、エラゼルさんが手を振ってる!」

 シェラが驚いたように声を上げた。

「違う世界が見えた……ということか」

 僅かだが話す機会があった相手の姿に、フォルテシアは何かを感じ取ったのだろう。

 人は何かを経験して少し変われる。彼女のように、自分も変わる事ができるだろうか。

 シェラが見透かしたように、フォルテシアを見つめ、微笑んだ。


 試合の決着を傍観していた騎士団長達は、試合直後は会場とは違い、沈黙していた。

「最後の何だい、アレ……」

 呆れたようにジャハネートが乾いた笑いを浮かべた。

 しばらくの沈黙の後、ようやく捻り出した言葉だった。

「あれは本気だな。というか、あんなの誰が処理できるんだ?」

 試合直後は口を開けて呆然としていたランドルフだったが、ジャハネートの声で我に返ったようだ。

「多分、あれは死角から飛び出してきているし、あの速度だ。本当の戦いなら、最低でも手首は落とされる」

 冷静に見ていたシジャードが、表情を変えずに答える。

 シジャードにしてみれば「知人の娘」の勝利だけに、少しは喜びたいところでは有るが、軍務大臣も同席してるので、あまり目立つような事は避けたかった。

「確かに、あれが手首を狙ったものなら間違いなく持っていかれるな。それにアレが出来るのなら、どんな相手の首だろうと落とせる気がするがな」

 今まで沈黙していたサンドワーズが口を開いた。

「よせやい、アンタがそんな事を言うと冗談に聞こえないじゃないかぃ……」

 ジャハネートが引きつったような顔でサンドワーズを見る。

「冗談を言った覚えは無い」

 きっぱりと言い切った。

 サンドワースが冗談を言うことはあまり無い。時折、本人が冗談のつもりで言った言葉が、冗談に聞こえないなどという、センスの無さにも起因している。

「はは……、で『ご褒美』とやらは、誰が行くんだい?」

 皆が、ランドルフの顔を見た。


 試合が終わったのを見計らって、ドートス校長が試合場に上がってきた。

「おめでとうございます、ミルエルシさん。賞品は後程お渡ししますが、優勝の『ご褒美』は選べます。一つ目は騎士団長のどなたかとの対戦、二つ目は学校内での何かしら要望の許可。どうされますか」

 祝辞と用件を合わせて、催促するように聞いてきた。

 元々気の短い人なのだろう。

「ありがとうございます。え……と……ご褒美と言われましても…。私は入学試験の折に、ランドルフ様と剣を交えさせて頂きましたので、そちらは結構です。二つ目の方にしたいのですが、内容は決めかねます」

「では、後程、担任にでも伝えてください」

 校長は笑顔で挨拶をすると、エラゼルに向き直った。

「デラネトゥスさんもお疲れ様でした。良い試合でしたよ。あなたも楽しそうで何よりでした」

 そう言われてエラゼルは僅かに微笑んだ。自分は楽しそうに見えたのか、と。

「では、お二人とも、後で表彰式がありますので、またこちらへ戻って来てください」

 二人と握手をすると、校長はそそくさと試合場から降りていった。

「慌しい人だなあ……」

 ラーソルバールはそう呟くと、ゆっくりと試合場を下りた。

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