(一)憧憬と屈辱②

 グレイズは最大の速度で剣を振る。

 下から切り上げるような攻撃から始まり、返す剣で横薙ぎ、そして切り下ろしと続けたが、ラーソルバールを捉えることは出来なかった。

 次に、再度切り上げようとしたところを、ラーソルバールに軽々と弾かれると、逆に猛攻に晒されることになった。

 素早い突きで足を止められ、そこへ強烈な縦の斬撃が襲いかかってきた。たまらずグレイズは剣を出して受け止めようとするが、ラーソルバールの剣は軌道を変えてするりと避け、返す剣は斜め下からの攻撃に切り替わる。慌ててグレイズは飛び退ったが、その剣は僅かに鎧を掠めた。

 流れ出る冷や汗と共に、グレイズは実力の違いを実感した。

「さあ、ご挨拶は終わり。フォルテシアの分、本気でいくよ」

 グレイズの焦りをよそに、ラーソルバールは真顔で言い放った。

「なに……」

 今の攻撃ですら辛うじて避けられただけのグレイズにとって、それはにわかに信じられない言葉だった。

「嘘をつけ、これ以上のもの、魔法でも使わなければ……」

 言いかけた所に、ラーソルバールの攻撃がやって来た。

 初撃は辛うじて受け流したものの、二撃目、三撃目と鎧を掠める。さらに速度を上げる剣に、グレイズは全くついていけない。避ける事も、受け流す事もできない。

 グレイズは悟った。剣は鎧を掠めているのではなく、わざと掠めさせているのだと。

 有効打撃を与えず、精神的に追い詰める剣。速さだけでなく、その剣は軌道を変え、一切の抵抗を許さない。軽い金属音が連続し、グレイズの耳に響く。

(ここまで差があるのか……!)

 グレイズが愕然としたその瞬間、ラーソルバールの剣が止まった。

 ラーソルバールの手にする剣の切っ先は、グレイズの喉元に突き付けられていた。


 入学試験の時に憧れを抱いた剣は、更に強くなっていた。愚かに抵抗しても無駄だと分かる。認めたくは無いが、認めるしかなかった。

「……俺の負けだ」

 グレイズは剣を下ろした。

 この瞬間に、ラーソルバールの勝利が宣言され、試合は終わり、完全な敗北感を味わったグレイズは、その場に立ち続けた。

 ラーソルバールは「フォルテシアの分」とは言ったが、自身の感情を乗せた訳ではない。グレイズを追い詰めた剣こそが、フォルテシアの分であり、最後に突きつけた剣だけがラーソルバールの本来の戦いだった。


「うっひょー! やるねぇ。ここまで圧倒的だとは思わなかったよ」

 ジャハネートは飛び上がって喜んだ。

「こういうのが見たかったんだよ。というよりも……ランドルフ、気のせいかあの娘、前より強くなってないかい?」

「気のせいじゃないな……」

 ランドルフは唸った。

 いや、あの時まだ上がある、と思った自分の感覚からすれば、驚く事ではない。だが、今の試合を見ても、まだ余裕があるように見える。あの時より強くなっているのは間違いない。

 やれやれ、次にやったら本当に負けるかもしれないな。浮かれるジャハネートをよそに、ランドルフは大きく溜め息をついた。

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