第十一章 エラゼルとラーソルバール(後編)

(一)憧憬と屈辱①

(一)


 フォルテシアの治癒を見届けたラーソルバールは、グレイズの待つ試合場に上った。

「お、そこに座ってるってことは、ガイザが勝ったのか。おめでとう!」

 試合場脇に座るガイザの姿を見つけると、涙で滲んだ目を誤魔化すように笑顔を振りまいた。

「泣き虫め……」

 ラーソルバールの顔を見て、ぼそっとガイザが呟いた。

 だが、ガイザは次の瞬間、ラーソルバールの表情が全く別のものに変わるのを見た。

「切り替えたな」

 いつもの笑顔に満ちた優しい顔ではなく、ガイザもほとんど見たことの無い、怒りを内面に秘めたような厳しい顔だった。


「入学試験の時の事を覚えているか?」

 唐突にグレイズは話し始めた。

「この俺に、偉そうに説教をたれた女、そんな奴はすぐに忘れると思っていた」

 ラーソルバールを睨みつけるグレイズは、相手の言葉など必要としていなかった。

「その後、お前は牙竜将と激しい戦いをしてみせた。俺は憧憬の念でそれを見てしまっていた。だが、それは高みに登ろうという俺にとって、屈辱でしかなかった。……だから屈辱は貴様を倒す事で払拭する。そう決めて今までやってきた」

 怒りに震えたように、拳を握り、そしてラーソルバールを指差す。

「おやおや……、わが宿敵は恨まれやすいな……ただ、これは筋違いだがな」

 試合場を見ていたエラゼルが苦笑した。

「デラネトゥス家の娘よ、この獲物、そちらにはやらん」

 エラゼルの声が聞こえたのか、ラーソルバールから視線を外すことなく挑発的な態度を取る。

「ふん、貴様ごときの手に負える相手ではないわ」

 腕を組み、エラゼルは鼻で笑った。

 この程度の男に倒されるような相手を、宿敵として追いかけてきた訳ではない。

「エラゼル!」

 不意に名を呼ばれ、エラゼルは驚いた。

「決勝で待ってるよ」

 屈託の無い笑顔で、見つめるラーソルバールに、エラゼルは当惑した。

「……と……当然だ」

 頬を赤らめながら、紡ぎ出した言葉。

 エラゼルの素直な心の内が出たのだろう。それを自覚して、エラゼルは苦笑した。

 眼前の自分を無視したような言葉に、グレイズは怒りを覚えた。

「貴様、この俺を…」

「忘れてないよ。フォルテシアの分、きっちり返させて貰う」

 威圧するかのような視線に、グレイズは一瞬たじろぐ。

「君たち、もういいか。試合を始めるぞ」

 挑発のやり取りに呆れたように、審判を勤める騎士が言葉を挟んだ。

「あ、すみません。いつでもどうぞ」

 ラーソルバールは頭を下げた。

「うむ、……では始め!」


 その頃、特別室に居る、ジャハネートはご機嫌だった。

「何だか揉めてて楽しそうだねぇ」

 会話の内容は聞こえて来ないが、盛り上がっていそうに見える様子に、自然と頬が緩んだ。

 騎士団長就任以降、武技大会の観覧は「面倒だから行きたくない」と言って周囲を困らせていたが、今年は二つ返事でやって来た。

 ジャハネートの目当ては、ラーソルバールの試合だった。

 だが、ラーソルバールの強さは分かったものの、今までは相手が弱く、期待して見ている側としては消化不良だった。

 対戦相手のあまりの不甲斐なさに「ランドルフ、ちょっと学生に変装して混ざってきな」などと無理難題を言ったりもしたのだが、ようやく骨の有りそうな相手との対戦に、鼻歌まじりになるほど、ご機嫌を取り戻した。

「さあ、楽しませておくれ」

 女豹の目が輝いた。


 開始の合図と共に、グレイズは突っ込んだ。

 魔法の詠唱時間など、与えて貰えるなどとは思っていない。

 先手を取り、防戦に追い込めば勝てるとはずだと思っていた。

 ここで優勝すれば、ヴァンシュタイン家のグレイズという名を知らしめることができる。

 その第一歩を、ここで確実なものにする。負ける訳にはいかない。堂々と勝つ。

 グレイズは小細工抜きで、勝負に出た。

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