(一)武技大会②

「ただいま」

 しばらくしてシェラが観覧席に戻ってきた。

「見てたよ。楽勝だったね」

 拍手でシェラを迎える。

 シェラは試合開始後間もなく、男子を相手に見事な胴切りで勝負を決めた。

 先制攻撃を受け止めると、一瞬身を引いて相手のバランスを崩し、胴に切り込んだ。

 加減し損なったが、鎧のおかげである程度の衝撃は吸収できていたはずだ。それでも、相手が崩れ落ちたのは、急所に入ったからだと思われる。

「フォルテシアの言う通り、誰かと比べたら、まるで止まっているかのようだったよ」

「相手に失礼だよ……」

 ラーソルバールは、冗談めかしく笑うシェラを嗜める。

 もうすぐ一年というこの時期に、ここまで生徒の力量差が大きいのは問題ではないだろうか。

 あと一年もすれば騎士見習いとして、この学舎から巣立って行かなくてはならないのだから、心配にもなる。当人はもとより、半人前の騎士を戦列に加えることになる騎士団が困るだろう。

 そこまで考えて頭を振った。自分も一回戦で呆気なく倒されるかもしれないので、他人事ではないではないか。そうならないよう、日頃から鍛練しているつもりではあるが……。

 色々と余計な事を考えながら、ぼんやりと試合を眺めていたが、シェラに呼ばれて我に返った。

「ほら、エラゼルさんが出てきたよ」

 彼女の指差す方向に、剣を手にしたエラゼルが立っていた。

 彼女の誕生日の一件があってから、二人の距離感が微妙に変わった気がしている。

 もっとも、その後に学校や寮で何度かすれ違っているが、特に何が有った訳でもない。気のせいだと言われれば、そうかもしれない。

 少なくとも追い掛け回されていない分、前ほどの苦手感は無くなった気はしている。

 やはり自分の気持ちの問題なのか。エラゼルを見つめながら、自分を見つめ直しているような気がして来た。

 審判員の手が挙げられ、試合が始まる。

  エラゼルは武器を構え、一歩も動かない。対戦相手の男子はそれを見ると、勝機と思ったか、エラゼルに駆け寄って斬りかかった。

 だがそれが無謀だったと、すぐに思い知ることになる。

 軽々と剣は受け流され、男子生徒は腹部に強烈な一撃を喰らって倒れ込んだ。

「あー、容赦ないなあ」

 瞬時の出来事だったが、その一振りが誰の目にも分かる、一切の手加減の無いものだった。

 シェラとは対照的に、ラーソルバールは冷静にそれを見ていた。

「怒ったからじゃないかな?」

「怒った?」

 シェラにはその理由が分からなかった。

「最初、動かなかったでしょ、相手に補助魔法をかける時間を与えた。けど、何もせずに突っ込んできた癖に、腕も大したこと無いじゃないか、って」

 ラーソルバールの説明で納得したようにシェラは頷いた。

「良く分かっているんだね、エラゼルさんの事好きなんだ」

「ち……違う、そういうのじゃ無くて……」

 赤くなって必死に否定する。

「何となくだけど、そう考えてそうな気がする。彼女、勝っても凄い不満そうでしょ。あれだけ完璧な一撃なのに、だよ」

「何か妬ける…」

 シェラが呟いた言葉は歓声に紛れて、ラーソルバールの耳には届かなかった。

「ん? ……何か言った?」

「ほら、フォルテシアそろそろでしょ。行ってらっしゃい」

 誤魔化すように、シェラはフォルテシアを送り出した。

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