(一)ふたり②
「彼女はどうも褒められたりするのが、苦手なようです」
伯爵が視線をやると、ラーソルバールは少し背の高い伯爵婦人の陰に、すっぽり隠れるようにしている。
「自分の話をされるのも、あまり好きではなさそうだな」
伯爵の言葉を、王子も苦笑しながら肯定する。
貴族は褒められて初めて、存在を肯定されるのだと王子は思っている。威張るばかりでは何も生み出さない。褒められる事をして初めて、その特権階級にいる意味を持つのだと。
「全く、貴族の令嬢らしくなく、面白い娘ですな」
自分の娘を語るように、伯爵は笑った。
「で、貴殿の家族は……」
伯爵が王子に家族の紹介を終えた頃だった。
「殿下、こちらに隠れておいでだったのですか。王太子殿下が探しておられましたよ」
声をかけてきたのはエラゼルだった。
「ああ、ここで面白い人物に会ったものでね。兄上は待たせておいていいよ」
手をひらひらとさせ、兄の事は放っておけと言わんばかりの態度をとる。
「面白い人物、ですか?」
「ああ、そこに隠れている。しかし、エラゼルは旧知の私相手にまで余所余所しいな。もう少し何とかならんか?」
「殿下は殿下です。礼節をもって接することに問題がございましょうか?」
正論だが、王子はその答えを期待していた訳ではない。
「まあ、それがエラゼルの良いところか。とりあえず、誕生日おめでとう」
「とりあえずとは、失礼ですね、殿下」
エラゼルは苦笑した。
その顔も優雅に見えるのだから、恐ろしいものだと王子は呆れ半分に感心した。
「失言だった。取り消す」
王子は頭をかいて誤魔化す。
もとより、エラゼルには追求する気が無いので、それ以上は責めない。
「ウォルスター!」
王太子オーディエルトが弟を見つけたのか、寄ってくる。
「げ、見つかった。フェスバルハ伯、世話になった。また後でな」
兄の怒りに逆らわぬよう、王子はそそくさと去っていった。
伯爵は頭を下げると、王子を見送った。
「また後で?」
頭を上げると、王子の残した言葉が気になった。
「フェスバルハ伯爵でいらっしゃいますか。遠路、足をお運び頂き有難うございます」
優雅にお辞儀するエラゼル。
遠くから見た時以上に、発せられるその気品に伯爵は感嘆した。
「本日は公爵家よりお招きに預かり、誠に光栄でございます」
王子の勢いに圧倒された感もあった伯爵だったが、ようやく冷静さを取り戻した。
「いえ、先日の件、父も感謝しておりました。お招きするのは当然でございます」
物腰も言葉も柔らかいが、顔には柔和さが足りない。
伯爵は内心、疑問に思った。彼女は人付き合いが得意ではないのではないか。
ラーソルバールのような奔放さがあれば、さらに美しさを際立たせることができるだろうに、と。
「こちらの二人が、長男のアントワールと、次男のグリュエル、そして家内です」
それぞれが紹介に合わせて会釈をする。
さすがの兄弟も、少々エラゼルに魅了された様子だった。
「そこに隠れているのは?」
エラゼルはフェスバルハ婦人の背後から覗く、赤いドレスが気になった。
「………あ」
ラーソルバールがちらりと顔を覗かせた。
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