第九章 エラゼルとラーソルバール(前編)

(一)ふたり①

(一)


「お待たせいたしまして申し訳ありませんでした。本日は当家三女、エラゼルの誕生祝いにご出席いただきまして、誠に有難うございます」

 魔法付与された物品を使用してのものだろう。広いホールに声が響いた。

 声の主はデラネトゥス公爵その人だ。幼年学校時代に何度か見かけた気がするので、ラーソルバールでも顔くらいは知っている。

 会場となったホールから出席者の拍手が響く。

「皆様、紹介いたします。三女、エラゼルにございます」

 紹介と共に一段高い場所にエラゼルは現れ、見事にドレスアップされたその姿に皆、感嘆の声を上げた。

「あれがエラゼル嬢か…」

 普段のエラゼルも美しいのだが、やはりこういう時の姿はラーソルバールも見とれる程、一段階違うものだった。

 エラゼルはさらに一歩進み出ると、大きく息を吐き、そして吸った。

「エラゼルでございます。本日は皆様お忙しい中、このような会に御出席下さり、誠に有り難うございます。お初にお目にかかる方も、多いかと思いますが、以後お見知りおき下さいますよう、お願い致します」

 堂々と、そして優雅に挨拶をする。

 さすがに公爵家では教育がしっかりしているのだろう。

「では、本人が皆様にご挨拶に伺います。食事と飲み物を用意致しましたので、暫しご歓談下さい」

 再び公爵の声が響いた。

 用意されていたテーブルに、次々と見るも鮮やかな食事が並べられていく。

 使用人の数が多いためか、食事や酒などの用意はあっという間に終わった。

「綺麗だったわねえ、エラゼルさん」

 フェスバルハ婦人もあちこちで捕まっていたようだが、挨拶に間に合う程度で何とか合流出来、笑顔でラーソルバールとの再会を喜んでいた。

 歓談開始と共に、ラーソルバールは目立たないよう、フェスバルハ家の人々の影に隠れていた。

 時折、フェスバルハ家の息子達の嫁か婚約者かと問われるが、ただの男爵家の娘と知ると、興味を失ったように去っていく。

 貴族社ような階級社会では、そんなものだろうと思っているので、特に気にもならない。

「ラーソルバールちゃんだって、エラゼルさんに負けないくらい綺麗なのに、失礼な人が多いわね」

 そう言って、婦人が代わりに怒ってくれている。

 有難いような、申し訳ないようなで、隣で縮こまる。

 不意に肩をつつかれた。

「で、殿下!」

 振り返って驚いた。そこに居たのはウォルスター王子だった。

 フェスバルハ家の者達も、驚いて固まっている。

 王子はラーソルバールの口元に手をやると、目配せした。

「兄上の近くにいると大臣だとか、ご婦人方の相手で色々堅苦しくてね。少しここで匿ってくれないか」

「は……はぁ」

 ラーソルバール以上に、フェスバルハ伯爵が状況を飲み込めていない。

「どうも、フェスバルハ伯爵……でしたかね。確か以前に一度、お会いしていたかな」

「は、はい、フェスバルハにございます、殿下」

 伯爵は若干緊張気味に、頭を下げた。

「殿下は、この娘をご存知なので?」

「先程、初めて会った。年格好から、エラゼルの友人かと思ったんだが、よくよく考えると、彼女に友人など珍しいと気になってな。見ると綺麗な娘だったので、思わず声をかけてしまった。普段はそんな事はしないのだがな」

 王子は嫌味無く、爽やかに笑った。王子の評判は悪くない。

 女癖が悪いとも聞こえてこないので、案外本当のことを言っているのかもしれない。

「で、先程、ナスターク侯に興味深い話を聞いたのだが」

 あ、まずい話だ。ラーソルバールは悟った。

「この令嬢は面白いな、この顔でかなり剣の腕も立つとか。フェスバルハ家の婚約者か?」

「いえ、半分本気で話を持ちかけましたが、あっさり断られました。知恵も胆力もあるので、できれば息子の嫁に欲しいので…す……が………」

 伯爵が視線をやると、横に居たはずのラーソルバールが居ない。

 良く見ると、ドレスの裾が伯爵婦人の横から見え隠れしていた。

「逃げ足も早いな」

 王子はそう言って笑い、咎めることはしなかった。

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