(一)ふたり③
「何で隠れているのですか? ラーソルバール・ミルエルシ」
少々怒ったような口ぶりで、ラーソルバールを咎める。
「いや、何でと言われても。場違いなのが居ると色々と、ね……」
ラーソルバールは、フェスバルハ婦人に頭を下げると、エラゼルに姿を見せた。
ばつが悪いからか、ぽりぽりと指で顔をかく。
「来ていないかと思っていました」
落ち着いた声と態度だった。
学校で見る、いつものエラゼルとは違う雰囲気に、ラーソルは少し戸惑う。
いつもはもっと居丈高で、凛としていて……。
いや、違う。自分の責務を果たそうとしている姿は、いつものエラゼルと同じだ。
「正直に言うと、どうするか悩んだんだけどね」
「そうか、無理に呼び立てて済まない」
少しだけ申し訳なさそうな顔をする。
どんな顔をしても、同性をも惹き込むような魅力があるのだと、ラーソルバールは改めて認識する。
「やっぱりエラゼルは綺麗だね。持ってないはずの嫉妬心が頭をもたげてきちゃいそう」
まじまじとエラゼルを見つめると、僅かに照れたような素振りを見せる。
「世辞はいらない。まず自分の姿を鏡で見てくるといい、嫉妬の必要など無いはずだ」
フォルテシアのようにぶっきらぼうに聞こえるが、エラゼルの場合はどこか無理をしているような気がしてならない。
どこからどこまでが本音なのか、分からない。
何故、付き合いが深い訳でもない自分を呼んだのか。エラゼルに聞きたかったが、上手くはぐらかされて結局何も分からず終わるに違いない。
「花はどこに咲いていようとも、美しければ引き寄せられるように愛でる者がやって来る。これは父上の受け売りだ」
もしかして気にしてくれているのだろうか。ラーソルバールは少し嬉しかった。
「じゃあ、エラゼルはもっと笑顔で居ればいいと思うよ。更に綺麗に咲けるように」
「む……」
虚をつかれたエラゼルは一瞬、固まった。
いつもラーソルバールにペースを乱される。そういう人物だと分かっているのに。
「心がけよう」
エラゼルはラーソルバールに背を向けた。
彼女はどんな顔をしているのだろうか。ラーソルバールは気になった。
「下らない余興だと思って付き合って欲しい」
エラゼルは一旦立ち止まるとボソリと呟き、そのまま去っていった。
ラーソルバールを呼び出した事に対しての負い目があるのだろうか。エラゼルの言葉と対応は少し意外な気がした。
「友人同士には見えないな」
様子を見ていたのか、アントワールが話しかけてきた。
「ですよねぇ。彼女にとって、私は敵みたいな位置付けっぽいですから」
「んん? 敵、という感じもしないな」
アントワールは首を傾げた。何となく感じた程度のものなのだろうか。
「じゃあ、何だと思います?」
「ね、なんだろうね。誕生祝いに呼ばれているんだし、他に同い年くらいの女の子も居ないみたいだから、彼女にとっては一番身近な人なのかもね」
「複雑ですねえ……」
ラーソルバールはため息をついた。
他人事なら良いが、当事者としては身の置き所が無いようで困る。
「彼女もラーソルバールのように、真っ直ぐで思い切り良くやれたらいいんだろうけどね」
「ん? アントワール様、今、さらっと馬鹿にしました?」
怒って詰め寄るふりをする。
「してないよ。褒めたんじゃないか」
「じゃあ、そういう事にしておきます」
アントワールの慌てた様子が楽しくて、更にからかいたくなった。
「ところでアントワール様、エラゼルに惚れました?」
歯を見せて、ラーソルバールはにひっと笑う。
「何を言う、そんな事は無いぞ……」
口では否定しているが、顔を赤らめている時点で説得力に欠ける。
「いひひ……」
赤いドレスの小悪魔が楽しそうに笑った。
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