(二)天秤

(二)


 朝から始まった演習も、昼を迎える頃になっていた。

 携帯用の日時計もあるが、正確な方角も分からないうえ、学校にあるような据え置き型の大きなものと違い、大まかな時間しか分からない。

 時間と共に、疲労が表に出てきた。日々、基礎体力を鍛えるトレーニングをしてはいるが、やはり一年生と二年生では大きく差が出る。

 白い襟巻きの一年生、紺色の襟巻きの二年生。その疲労の出方は、襟巻き無しでも判別が容易である程だった。

 緊張のまま歩く事に慣れない一年生は、時折よろけて級友にぶつかりそうになる。このまま戦闘に至れば、手も足も出ないまま、終わる。それが分かっていても、安易な方法をとれば、敗北となる。

 ちなみに敗北した側には、伝統の『運動訓練』が課せられる事になっている。『運動訓練』の過酷な内容に、音を上げるものも多い。一年生はそう聞かされている。

 お互いに負けるわけにはいかない事情が、ここにある。


 両陣営の動きは意外に、連携が取れていなかった。

 青陣営は、エフィアナのもたらした情報を三班に伝えたものの、それについて協議することなく、三班は本陣への即時攻撃が有効であると判断し、敵本陣を目指して進行速度を速めた。

 攻め寄せる敵軍を迎え撃つべく、二班は後退し本陣と連携するという決断に至る。各々が勝手に判断をした結果、当初の作戦が機能することなく、迷走する形になった。

 通常であれば、明確な新たな指針を示さない限り勝利は遠のく。だが、赤陣営は斥候が全滅したことにより、敵の奇襲を警戒し、進行速度を上げる事が出来ずにいた。

 結果、最初に戦闘に突入したのは、赤軍本陣の前に現れた青軍三班と、本陣を守る五班であった。何の捻りもない戦闘への導入に、赤軍は呆れた。

 最初こそ青軍の増援に警戒したものの、それが無いと分かると攻勢に転じる。少し高台になった本陣の地形を生かし、弓を活用するなど攻撃に力を入れた。

 行軍による疲労が蓄積した青軍と、ここまで動いておらずに疲労が無い赤軍とでは、明らかに動きが違った。結果、泥沼化すると思われた戦闘は、案外あっさりと、赤軍が本陣を守りきるという形で決着した。

 赤軍の損害は二割、対する青軍は七割。生き残ったのは五名だけで、バラバラになって敗走した。決定的な敗北と言って良かった。


 三班の敗走を知る由も無い二班は、疲労を考慮して、ややゆっくりと自軍本陣へと向かっていた。

「間もなく本陣だ。だが、我々は本陣の見えるこの位置で待機しよう。敵軍が現れた場合に奇襲を仕掛ける」

 班長は声が大きくなりすぎぬよう配慮しつつ、皆に伝えた。

「ドラッセ……。あ……いや、班長。本陣に伝令を送るか?」

 気になったのか、エフィアナが質問をする。

 慌てたのか、班長を名前で呼び、即座に訂正した。

「それも考えたんだが、本陣は見通しが良すぎる。伝令を走らせれば、敵に見つかる可能性が高い。本陣には申し訳ないが、知らせないで置こうかと考えている」

「それで良いと思う。ただ、待つだけでなく、周囲に偵察を出すべきだと思う」

 連携を取ることが出来れば、出来ることの幅が広がるが、やむを得ない。

 だが、いつどの方向から、敵がやって来るのか知れない状況で、ただ待ち続ける手はない。敵の位置によっては、こちらも場所を変える必要が出てくる。

 本陣より先に攻撃を受けたのでは意味が無い。あくまでも本陣という餌に食いついて貰わなくては困る。

「本陣側を除く、三方に偵察を出そう。但し、無理はさせない」


 その頃、ゆっくりと行軍を続ける赤軍の二つの班は、間もなく青軍の本陣に到着するという地点に居た。

「本陣に居るのが一部隊なら、仕掛けるのは、どちらかの班ひとつで。もうひとつは敵の奇襲に備えて、少し遅らせる方が良いと思うがどうかな」

 四班のアルディスが慎重策を提案した。

「それでいいと思うね。ただ、最初に攻める班は苦労するね。後から出る方もタイミングが難しい」

 六班の副班長が同意しつつ、問題点を指摘した。

「うちのリックス……副班長が言った通りだ。特にうちは既に五名を失っている。数的に不利だし、先に出るのは遠慮したい」

 腕組みをして話を聞いていた、六班の班長はそう言いつつアルディスの顔を見た。

「もっともだ。うちが先に行こう。それでいいか、副班長?」

 問われて、傍らに居た青年は黙って頷いた。

「よし。それで決まりだ。六班は余り早く飛び出さないようにしてくれ」

「承知した」

 打ち合わせを終えると、アルディスは自班員に余計な荷を置いて戦闘準備をするよう指示した。

「一年生は良く聞いてくれ。本陣は少し高台になっていて、一部に柵がある。弓を使うのにも適していて、守備側が有利だ。盾を有効に活用しつつ、こちらも弓の得意な者が狙撃を行う。隙をついて攻める。余り奇策は通用しないので、堅実にこなすことが大事だ」

 ゆっくりと、諭すように説明をする。

 指揮官らしい姿が、一年生には眩しく感じた。

「さあ一年生諸君、初の戦闘だ。怖いか? 楽しいか? 訓練だから命を取られる事はない。だが、負けたら厳しいお仕置きが待ってる。勝ちに行くぞ!」

 二年生達が苦笑いをした。今の一言で「お仕置き」を思い出したのだろう。

「皆、行くぞ!」

 号令をし、青軍本陣へと襲い掛かった。


「敵が来たぞ! 偵察に出た連中はまだ戻らないのか?」

 本陣に攻撃が仕掛けられるのを見て、二班に動揺が走った。

「まだだ、焦るな。敵に感付かれる!」

 エフィアナが鎮静化を促す。

「敵は一部隊だ。もうひとつの動向が分からないと手を出しにくいが、出るべきか?」

「もう少し待て」

「しかし、仲間が戦っているというのに、動かないというのは……」

「大丈夫、本陣ならしばらく持ち堪える。指揮官としてもう少しどっしり構えてな。一年生に笑われるぞ」

 班長の焦りが伝わって来る。

 ここはしっかりしてもらわないと困る。彼には難しい注文では無いはずだ。エフィアナは剣に手を掛け、時を待った。


「盾を前に隙間から攻撃!」

 弓兵を活用しつつ、善戦する四班。休憩を挟んでいるので、疲労も少なく、十分に動けている。足手まといになると思っていた一年生が、思いの外頑張っている。アルディスには嬉しい誤算だった。

 特にシェラとフォルテシアの二人は、意識して連携しているようで、二年生の動きにも劣らない。

 もう一押し必要だ、そう思ったアルディスは単身飛び出した。

「アルディスが来たぞ!」

 本陣で危険を知らせるように、誰かが声をあげた。その瞬間、本陣に少し隙が生まれ、流れが傾いた。


「こちらが優勢に戦っているが、敵は出てこないぞ。増援は無いということじゃないのか?」

 待機していたが、敵本陣で善戦する友軍を見て痺れを切らしたかのように、班長が動く。

「待て、まだ早い!」

「早いものか! あいつらに手柄を持っていかれる!」

 強引に押しきろうとする班長を、副班長は必死で押さえる。

「手柄と確実な勝利とどっちが大事なんだ!」

「行けば勝てる。お前ら、行くぞ!」

 副班長の制止を聞かず、六班は飛び出した。そして、そのまま一気に青軍本陣へと襲いかかる。

 四班の背後につき、攻撃に加わろうとした瞬間だった。

「今だ! 撃て!」

 赤軍の斜め後方から矢が襲い掛かった。

 不意を突かれて、赤軍の生徒達は頭部や鎧の隙間に矢を受け、数名が「死亡」となった。脇に居た監督官が「死亡者」が、戦場で邪魔にならないよう、素早く指示を出す。

 二班は弓を捨て、赤軍の背後を襲う。

 本陣とで挟撃される形になった赤軍は、盾を構えてその勢いを押し返そうとする。

「班長に続け!」

 優勢であったはずの赤軍は一転、窮地に立たされた。

「左右に別れて撤退しろ!」

 奮戦していたアルディスが本陣のからの攻撃を防ぎつつ後退を促す。数名の「戦死者」を出してしまったが、今立て直せばまだ何とかなる。それには六班との連携が必須だ。

「六班も撤退を!」

「承知した!」

 聞き覚えのある声が帰ってきた。おそらく六班の副班長だろう。

「六班は盾をしっかり構えて退路を確保しろ!」

 同じ声がもう一度響く。

 指示に従い、防御を重視とした戦い方に変化する。

「逃がすな! 包囲しろ!」

 青軍両班から同時に指示が飛ぶ。挟撃状態から包囲陣形へと変わり始めた時だった。

「この人数で包囲なんか出来るか。薄いところが出来るだけだ」

 アルディスは隙間を見つけると、副班長に指示し、穴を広げる手に出た。自身は本陣の攻撃を単身引き付け、殿を担う。

 その作戦は成功するかに見えた。

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