第七章 部隊演習
(一)斥候
(一)
狼煙が上がり、両軍とも行軍が開始された。
周囲に気付かれないよう、エフィアナのすぐ後ろを歩いていたラーソルバールは、小声で話しかけた。
「エフィ姉、アル兄は慎重な人だけど、どう来ると思う?」
「失敗の少ない効果的な方法」
エフィアナは振り向かずにラーソルバールの問いに答える。副班長として、規律を乱すような真似が出来ないと分かっているのだろう。
「っていうと、本陣で全部隊待機とか、全部隊で行軍して急襲とか?」
各個撃破されない安全な方法をとなると、そうなるが。
「イェスターハイトの戦いみたいなものだよね」
「イェスター……何?」
ラーソルバールと違って、エフィアナは歴史にも戦史にも詳しくない。
「両軍とも、補給が困難な状況で戦わざるを得なかった戦い。補給がないから、長期戦も出来ない、消耗戦もできない。という状況」
「両軍とも退けばいいじゃないか」
「それがね、お隣、帝国の大貴族の跡目争いで、退くに退けなかったの」
よく、そんなどうでも良いものまで頭に入ってるな。口には出さずに、エフィアナは半ば呆れるように苦笑した。
「で、どう戦ったんだい?」
「地の利を活かした。全軍で攻めてくる相手に対し、軍を半分に割って狭隘地に誘い込み左右から挟撃。足止めをしている間に少数で本拠を制圧した。本拠が制圧された頃、もう勝負はついてたと」
「どうでもいい戦いだが、教訓はあるということか。けれどもう戦略は変えられないから、我々は地の利を活かす事を心掛けようか」
ふふ、と思わず笑い声が漏れた。訓練中であり不謹慎かもしれないが、エフィアナと話している事が嬉しい。
(アル兄も居ればいいのに)
口にはしなかった。
「小高い丘があるから、そこで相手の同行を探る。副班長、斥候頼めるか?」
「了解! 一名連れていきます」
エフィアナに置いていかれる。そう思った瞬間、ラーソルバールは腕を掴まれた。
「行くよ」
エフィアナは険しい顔をしていた。
一年生の動きを気にしすぎて、行軍が遅い事を憂慮しているのだろうか。先行している三班との差も開いてきているし、丘の上も既に占拠されている可能性がある。だが、それが分かっていても、ラーソルバールは言える立場では無い。
最悪の事態に備えて、手は打つ。自身にできる事をするべきだと、エフィアナは拳を握り締めた。
「班長、行軍が遅すぎる。三班との連携が取れなくなる」
「む、そうだなスマン」
「それと、戻る場所、残しておいて下さいね」
班長は笑顔で応え、手を降った。
班を離れて、エフィアナと二人きりになったのを見計らって、ラーソルバールは口を開いた。
「班長って、いい人だったんだ」
「ん?」
「体格も良くて、顔も怖そうだったから、印象と違った」
「そうだな。彼は顔は怖いが、真っ直ぐで優しい奴だよ。騎士に向いてる」
顔が怖いと、繰り返しつつも誉めているようだった。
移動中、時折物音がしたが、全て獣で、二人は胸を撫で下ろした。まだ何処からも戦闘音や、合図は無い。このままでは陣を張る前に遭遇戦になる可能性もある。
「で、どうして私が?」
自分が連れ出された理由が良く分からない。慣れた二年生の方が良いのではないかと思えた。
「何だか嫌な予感がする。だけど、ラーソルと一緒なら大丈夫な気がした」
「なにそれ」
ラーソルバールは苦笑した。
あてにされているのか、気楽だからなのか。冗談混じりに言われた言葉だとしても、少し嬉しかった。
「ここを抜ければ、丘に上がるが…」
「人の気配がするね」
「四、五人か?」
小声で話す。
「ここに相手の斥候が居るとしたら、先行する三班とは、すれ違った可能性もある」
「森を抜けて本陣を急襲するって事?」
これ見よがしに平地を歩く敵とわざわざ戦う必要が無い。ただ、やり過ごす気が有るということは、本陣にも兵を残している可能性が高い。
(考えろ、考えろ!)
エフィアナに迷いが生じた。
「本陣に向かうのは二部隊」
隣でラーソルバールが呟いた。その声でエフィアナは我に返った。
「小さい一手だが、斥候を全員潰せば、一瞬でも敵方の足を止められるかもしれない」
横を見やると、ラーソルバールが頷いた。意図を理解したのだろう。
「数は向こうが多いかもしれないが、視認後に奇襲して一気に片付ける」
二人は相手方の斥候を追跡し、気付かれずにその姿を視界に捉えることができた。互いに目で合図を送ると、木陰から飛び出し急襲する。
相手は五人。
ラーソルバールら二人の急襲に気付いて、斥候兵が剣に手をかけた時には、既に二人が倒されていた。
「げ、エフィアナ!」
相手の正体に気付いて、声をあげた瞬間には塗料袋を破られていた。
「げ、って何よ」
エフィアナは剣に付いた塗料を振り払いながら、倒れた相手を見下ろして笑った。
「いや、だって……」
「だって何さ」
相手は自分の仲間が瞬時に全滅させられたのを見て、絶句した。
「お前、何人倒したんだ?」
「あん? 私が倒したのはあんたと、そこの一年坊主だよ。あとはあっち」
エフィアナの指差した先には、丘の上で踊る風に金髪を揺らす少女が居た。
「げ、ラーソルバール」
一年坊主が苦笑した。
「そろそろ戻ってきても良い頃だと思うが」
赤軍の六班班長は、斥候が戻らない事に苛立ちを募らせていた。
「やられたのかもしれないねえ」
隣の副班長が不満そうに返した。
「やられたって、お前、五人も出しておけば大丈夫って言っただろう?」
「言ったさ。五人も居れば、相手の斥候と鉢合わせしても、何とかなるはずだし、部隊が来て気付かれても散開して逃げれば、何人かは戻る」
「それは確かにそうだが……」
副班長の理論に言い負かされて、班長は何も言えなくなった。
「それに、班の人数だって二十名だ。これ以上割けるか!」
反論の余地がない。
仲間同士で諍いを起こしている場合ではない。指揮官はこういう場合、腹をくくるしかない。
「何にせよ、これ以上は待てないな」
「同感だ」
副班長もすぐに冷静に戻った。
こういう場合は慌てた方が損をする。今まで学んできた事だ。
「進軍するか、戻るかだが。進むべきだと思うが、どう思う?」
班長の問いに一瞬悩んだ副班長だったが、結論を導き出した。
「戻るなら四班とも連携をとらないと駄目だ。だが、戻るのは危険だ。進むべきだ。」
「ならば、此方の動きが敵に知られている事を念頭に、攻撃に備えつつ、進撃するしかない」
「よし、四班にも伝達しよう」
六班の判断は決した。
僅かに先行していた四班に伝令が届いたのは、すぐ後の事だった。
「我が六班が偵察に出した数名が戻らないものの、進軍の予定に変更無し。四班は敵襲に注意しつつ進軍されたし」
伝令兵を任された生徒は、四班の班長であるアルディスに伝え終えると、敬礼して戻ろうとする。
「あ、六班と合流してから進軍するため、こっちは少し停止する。その旨、伝えてくれ」
六班の方針を聞き、伝令は戻った。
「うちは、木陰の目立たない所で休息だ。それでいいかい?」
「いいと思う」
すぐに休息の指示が出され、一年生達は地面に座り込んだ。
初めての野外での実戦的訓練と、それに伴う緊張感で、目に見えぬ疲労が溜まっていたのだろう。シェラも例外では無く、疲労に少し息を切らしていた。
「フォルテシアは良く平気だね」
「誰かの相手をしているよりは、ましだから」
無表情に見える顔で皮肉を言うフォルテシア。シェラは本気とも冗談ともつかぬことを真顔で言う、フォルテシアの様子を見て苦笑した。
「その誰かさんは、どの辺に居るんだろうね」
「目の前には出てきて欲しくないな……」
「それはそうだね」
木々の隙間から覗く、青空に向かって、大きく息を吐いた。
「訓練なのに、意外と緊張感あるもんだなぁ」
もう少し、この独特の緊張感を味わっておく事が大事なのだろう。その為には、簡単にやられる訳にはいかない。
シェラは妙案を思い付いた。
「フォルテシア、貴女にしかお願い出来ないことなんだけど……」
ラーソルバールとエフィアナは、最初の『死亡者』達と別れを告げ、自らの班に戻ってきていた。
「斥候二名、只今戻りました。相手の斥候兵五名と交戦、殲滅致しました。敵軍の部隊ひとつは、西方、一レリュース(※一レリュースおよそ一キロメートル)辺りに居ると思われますが、他は視認出来ませんでした。その部隊の進軍方向に、若干木々の動きが怪しい箇所がありましたので、その辺りにも部隊が存在する可能性が有ります。以上、報告終わります!」
隣に居たラーソルバールは、エフィアナを横目で見つつ黙っていたが、その堂々たる姿に憧れた。幼少時から見ていた彼女の姿と違う、騎士としての姿が立派に見えたからだ。
隊列に戻ると、ラーソルバールのよく知るエフィアナの顔に戻った。
「とりあえず、お疲れ……。ね、ラーソルと一緒だったから上手く行ったでしょ?」
頭を撫でるエフィアナの手が優しかった。
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