(四)幼馴染

(四)


 暴動から二十日程経過した。

 この日、騎士学校では、二年生との合同訓練が行われる事になっていた。

 一年生にとっては、初の実戦的な合同訓練であると同時に、二年生と接する最初の機会でもある。予定が発表されてから、一年生達は新しい内容で訓練が行われるこの日を、指折り数え待っていた。

 だが、ラーソルバールには、もうひとつ別に楽しみにしている事が有った。


 訓練が行われる演習場は、王都を出てすぐの所にあり、騎士団および騎士学校が所管する国有地となっている。

 演習に巻き込まれる危険があるため、関係者以外の立ち入りは固く禁じられている。演習時以外は人が寄り付かないため、盗賊団が住み着こうとした事が、以前に一度有ったが、騎士団にあっさりと捕縛された。

 今では旅人が迷い込まないよう、柵や看板が立てられ、注意が促されている。

 ラーソルバールらが演習場に到着すると、既に二年生数名が剣を手に鍛練を行っていた。その中で、ラーソルバールは見知った顔を見つけた。

「アル兄、エフィ姉!」

 叫ぶと同時に駆け出した。

 二人は呼び掛けに気付くと、剣を止めた。

「よう、ラーソル。久しぶりだな」

「やっと二人に会えた!」

 ラーソルバールは嬉しそうに微笑んだ。

 楽しみだったのは、この二人に会えるという事だった。

「置いて行かないでよ」

 後から、シェラとフォルテシアが追いかけてきた。

「基本的に、何も考えずに即動くような奴だからな」

 男子生徒は笑った。風貌は少年と言うよりは、青年と言った方が良い。黒に近い濃い茶色の髪と栗色の瞳。顔立ちのせいで細身かと思わせるが、しっかりと鍛えられた肉体を持っていた。

「紹介するね。こっちの悪そうな人がアルディス・フォンドラーク。で、こちらがその彼女の……」

「違う違う。私はこの方の侍従。エフィアナ・ククラーラです。よろしくね」

 女子生徒は挨拶を終えると、ラーソルバールの頭を小突いた。

 やや明るく赤みがかった茶色い短髪と、同じような色の瞳。少し彫りの深い顔立ちが印象的で、ミステリアスな雰囲気を備えている。

「こらエフィアナ、俺の『悪そうな』も否定しておけよ」

「で、そちらは?」

 さらりと流して、シェラとフォルテシアに話を振った。

 二人も自己紹介を終えると、今度はシェラが疑問を口にする。

「フォンドラーク家と言えば、良く大臣を輩出される名家ですよね」

「いつもながら、シェラはそいうの良く知ってるよね」

 少々驚いたようにラーソルバールが口を挟む。

「歴史好きを公言してる人も、そういうの得意でしょ? あ、すみません、変な話しちゃって」

「ん、気にしなくていいよ。家名はそうだが、うちは末席の分家だからね。力も無いし本家には逆らえない。エフィアナの一家は、こんな我が家に良く付いてきてくれてると感謝してるよ」

 肩をすくめて自嘲気味に笑う。

 聞いてはいけないことを聞いてしまった気がして、シェラは申し訳ない気持ちになった。

「失礼しました」

 シェラは慌てて頭を下げた。

「あ、いやいや。隠すことではないし、むしろラーソルの友達なら、知っておいてくれた方が良い」

 人当たりの柔らかさに、好青年といった感があり、意図せずシェラは頬を染めた。

 様子を見ていたラーソルバールは、友の背中をつついた。

「シェラ、この人に惚れたらダメだよ。こわぁいお姉さんに睨まれちゃうからね」

 エフィアナと名乗った娘は、茶化された仕返しに、ラーソルバールの頬をつねった。

「ほら、怖いでしょ」

 頬を押さえてシェラに同意を求めた。


 ラーソルバールの父と、アルディス・フォンドラークの父は騎士団の同期であり、住まいも近かったため、子供同士も一緒に育った。

 エフィアナも、フォンドラーク家に仕える一家の長女として、一緒に育った。

 三人は幼馴染というよりは、言わば兄妹のような間柄であった。

 ラーソルバールの父が病を発し、その後に城勤めの為に転居するまで、家族ぐるみで良い付き合いをしていた。転居後にも、幼年学校では時折顔を合わせており、今でも冗談を言い合える仲になっている。

「合同演習、ラーソルは何班?」

「予定だと二班」

「そうか、それじゃあエフィアナの班か」


 事前通達された内容では、二年生から二つ、一年生からは一つのクラスが参加し、一班から三班、四班から六班で敵味方に別れて部隊戦闘を行うことになっていた。

 演習は武装をして、本陣に立てた旗を奪い合うもので、体の数ヵ所に付けられた塗料袋を破られたら、死亡扱いとなる。

 弓の使用も可能で、矢の先端にも塗料が付いており、命中時の場所によっては、同じように死亡扱いと決められていた。

 アルディス、シェラ、フォルテシアらは、四班に割り当てられていたため、ラーソルバールとは敵対する形になった。

 演習自体は、一年生を新兵と見立てて、どのような戦略を立てるのかという、二年生主体のものとなっている。演習場には小川や森、岩場などがあり、それを戦術に有効活用する事が求められる。

 旗が奪われた時点で敗北となるが、制限時間の経過時点の状況や、中途であっても部隊の損害状況によって、勝敗が判定される。


 あとからやって来た講師の指示に従い、全員がそれぞれの陣に移動する。

 指揮官は各陣営三名ずつ。各班の班長が務めることになっていた。

 エフィアナは副班長として、作戦会議に出席していたが、早々に決議したとのことで、すぐに戻ってきた。

「一班が本陣を防御、三班を進軍させる振りをして、この二隊で敵を引き付ける。二班は状況に応じて敵陣に攻めるか、半分に割って両班の支援に回る。追って指示するので、各自支度をせよ」

 班長、副班長ともに、くじ引きで決まったらしいが、エフィアナの堂に入った振る舞いは、まさに適任と言って良かった。

 彼女は自らの班員二十名の顔と名前を確認し、皆に青い腕章を配った。

 この腕章は、陣営の判別が出来るように着用するもので、もう一方の陣営は赤とだと知らされた。

「結果はうちの班の出来次第になるよ。楽しいでしょ」

 エフィアナは笑顔で、ラーソルバールの肩をポンと叩くと、周囲を見渡した。

「エフィ姉……、いえ、副班長殿は責任重大ですね」

「なぁに、私は管理だけで、あとは班長様にお任せだよ」

 二人は顔を見合わせて笑った。

「アル兄は?」

「見事に班長を引き当てた。敵に回すと厄介だよ」

 苦笑しながらも、エフィアナの顔はどこか嬉しそうに見えた。

「我々二班は、二年生は前衛、一年生は後衛となる。各人名簿順に従い整列せよ」

 班長が指示を出す。

 二年生は即座に対応するが、一年生は慣れていないためか、慌てたように個々別々に動きながら、何とか列を作ることができた。

「間もなく開始時刻となる! 合図の狼煙が上がったら、各班は班長の指示に従い、行動を開始せよ!」

 総指揮を執る一斑の班長の声が響く。

 呼応するように、軍靴を鳴らして全員が一斉に敬礼をした。


 同じ頃、王国内北部にある、フォンドラークの本家では現当主である侯爵が煙を燻らせていた。

「先日の暴動の件、後ろで誰が操っていたか、国の方でも、まだ分からんのだろう」

「調査の方でも、まだ尻尾を掴めておらぬ様子ですが、国内の貴族が黒幕ではないかという、噂が出始めております」

 執事が慣れた手つきで茶を注ぎながら、主人の問いに答える。

「何にせよ、あの程度の焚き火では、城まで燃えるわけが無かろう。結局、愚か者一人が処分されただけではないか」

 鼻息荒く煙を吐き出すと、窓から広大な庭を眺める。

 地方領主とは言え、名家として知られるだけあって、代々引き継がれた財や土地は並大抵のものではない。

「今回の件で、今後色々と監視の目がきつくなるとの話もございますが」

 淹れた茶を主人の前に置くと、手元にあった調査資料を合わせて差し出す。

「うまくやり過ごして、ウチには問題が無いと分かって貰うようにせよ。下手に介入されると後々面倒だ」

 侯爵は葉巻の火を押し消すと、椅子に深く座り直した。

「畏まりました。心しておきます」

「だが、この流れだと、年末にエイドワーズが宰相を辞める際、後任と閣僚人事にも大きく関わってくるのではないか」

「今のところは、人事に関しては未定ということになっております」

 書類を手に取ると、侯爵は茶を口に運んだ。

 何枚か資料を捲ったところで、眉間にしわを寄せ、質問を続ける。

「確かにまだ早いが、候補の名前くらいは上がっているのだろう?」

 資料から目を逸らさず、執事に問いかけた。

「まだ憶測の域を出ませんが、調査によると宰相はジェヌエ・メッサーハイト公爵あたりが有力と言われております」

「あの堅物か」

 挙げられた名前に不快感を隠そうともせず、侯爵は苛立ちのまま机を指で叩く。

「軍務や農商といった辺りは留任が濃厚。他の重要職は横滑りする者が何名か。新規入閣は、ガランドール、フェスバルハ、ロックナー、そしてご旦那様の名が挙がっております」

 質問に対し、何も見ずに執事は名前をそらんじた。

「なるほど」

 納得したようにつぶやくと、侯爵はニヤリと笑った。

 少なからず裏工作をしてきた効果が、出てきたということか。口にはしなかったが、その顔が雄弁に語っていた。

 来年を見据えてやらねばならぬ事が有る。そこまで考えたところで、資料を捲る手を止めた。

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