(四)名代

(四)


「お嬢様にお伝えした方が、良いと思われる事が有ります」

 ラーソルバールは食事の手を止めた。

 向かいに座る女将の表情が、真剣なものだったからだ。

「最近、村で不安や不満を煽る輩が、時折現れるようになりまして…」

 女将によると、その者達は「領主が増税を考えているらしい」とか「税金が高いのではないか」「領主に不満をぶつけた方がいい」などと、村人に接触してくるのだという。

「そうは言っても、この村の人間でそんなのまともに取り合う者なんか、誰一人居るはずもないんですが」

 その言葉でラーソルバールの表情が曇る。

「他所の街や村でも、きっと同じような事が起きていて、それで利を得る誰かが居るって事ですね」

「きっと、そうでしょうね。私なんかにゃ背後に有るものなんて、考えても分かりませんけどね」

 ラーソルバールにとって現時点では特段脅威ではないが、暗躍する者達に好き勝手やらせる訳にもいかない。近隣の村が乗せられて反乱でも起こせば、カンフォール村に被害が出ないとも限らない。

 南と西は王家の直轄領だけに何もできないが、東のゴランドール地方を治めるフェスバルハ伯爵であれば、父とも親交がある。話が通じるなら、多少は対策も立てられる。

 次は、カンフォール村の対策だ。

「明日の早朝に自衛団の人達と一緒に、村長の所に行って話そうか……」

 少し憂鬱になった。

 村で有意義な休暇を、満喫してから帰るつもりで居たのに、丸一日潰してしまう事になる。

 手を打たなければ、何が起こるか分からない。「何か」を未然に防ぐ役には立つのだから、全くの無駄ではない。最終的に無駄に終わってくれても、それはそれでいい。

「考えてばかり居ると、夕食が冷めてしまいますよ」

 呼び掛けられて我に返った。

「ターシャさんも一緒に食べようよ。一人だと寂しい」

「お嬢様とご一緒出来る機会なんて、中々無いですからね。お言葉に甘えて失礼しますよ」

 今日うちは嫌なことを忘れて、この時間と美味しい夕食を糧に、とりあえず明日頑張ろうと心に決めた。


 翌朝、ラーソルバールは予定通り自衛団の詰所に寄った後、村長宅を訪れた。

 詰所にいた四名のうち一名が居残り、一名が他の団員を召集に行き、二人がラーソルバールに同行することとなり、随行している。

 村長宅に到着すると、村の運営役三名が緊急で呼び出された。

「皆さんはご存知かと思いますが、最近、他所から来た者が村内で不満を煽るような言葉を口にする事があると耳にしました」

 皆一様に頷く。ただの噂ではなく、やはり実際に有った話という事なのだろう。

「本当に不満が有るようでしたら、そのような話に乗らず私に言ってください。今は名代で来ていますから、それを聞くのも私の役目です」

 ラーソルバールが普段見せる優しい表情とは異なる、凛とした姿に皆が目を奪われた。

「不満など有るはずがございません。ここで不満を抱えるようでしたら、何処に行っても駄目でしょう」

 村長が口を開いた。

 税率は王都と同じく収入の二割。その四分の一が国税、残りが地方税、つまり領主の取り分となっている。だが、表向きとは異なり、地方税のほぼ全てが自衛団の運営や、食料備蓄、村の整備費用に充てられている。

 ミルエルシ家に入る金は、微々たるもので、お手伝いのマーサに給与を払えばほぼ残らない。

「村長のお言葉が、皆の総意だと受け取ってよろしいですか?」

 その場に居る全員が、無言で頷いた。

「では、本件は独断で処理させて頂きます」

 村長宅で対策の取り決めを行うと、ラーソルバールは即座に出立する旨を伝えた。

 自衛団の団長と交代人員でやって来た一人を護衛とし、フェスバルハ伯爵邸のある街、ランデラに向け、出発した。


 馬での移動で約半日。食事休憩を挟んで夕方の頃の到着予定となる。

 年齢的にも体格的にも、まだ一人で馬に乗るのは危険ではないか。周囲のそんな不安をよそに、ラーソルバールは一人で馬に乗る事を選択した。乗馬は元々不得手ではないし、騎士学校で実習機会が増えたこともあり、人並みにはこなせる自信があった。

 しかし、その考えが甘かった事を、この後痛感することになる。

 道中は天候にも恵まれ、特に問題が起きることも無かったのだが、さすがに長時間の乗馬は体力的に厳しかったようで、ランデラに到着する頃にはふらふらになっていた。

 下馬した後も足どりは怪しく、街の入り口で身分証明をする際も、肩を支えられながらという有り様で、門番に本気で心配されてしまった。

 伯爵邸への取次ぎの間が、良い休憩になったが、それが無ければ伯爵の前でどんな醜態を晒していたか知れない。ラーソルバールは過信することの怖さを思い知った。

 伯爵の邸宅前まで案内されると、執事らしい男性がラーソルバールらを出迎えた。

「事前のご連絡の無いご来訪、如何なる御用にございましょうか」

「父、クレストの名代で参りました。ラーソルバール・ミルエルシで御座います。伯爵様に急ぎご相談したき件がございます。失礼の段、御容赦下さい」

 ラーソルバールは頭を下げると、懐から短剣を取り出した。

 国王から爵位を与えられる際に、証として長剣と短剣が下賜される。爵位によって装飾は異なるが、いずれも王家の紋様が刻印されており、これを所持している事が、名代の証ということになる。

 執事はそれを確認すると、厳しい表情を改めた。

「中で少々お待ち下さい。主に確認して参ります」

 待たされる間、応接室で待つように指示され、侍女達に武器を預けると、応援室へ通される。護衛についてきた自衛団の二人は、別室に待機ということになった。


 あまり待たされる事もなく扉が開くと、がっしりとした体格の初老の男性が現れた。

「久しいな、ラーソルバール嬢」

 優しさと豪快さを内包したような声が、広い室内に響く。

「フェスバルハ伯爵様も、お元気そうで何よりでございます。本日は急な申し出にも関わらず、お目通り叶いましたこと、感謝致します」

 ラーソルバールは胸に手をあてると、深々とお辞儀をする。

「堅苦しいのはいらん。して、急ぎの用件とは何かな。息子の嫁に来る件、ついに決心されたか?」

 伯爵は子供のように、悪戯っぽい笑顔を浮かべると、困った様子のラーソルバールを見つめた。

「いえ、その件は後々……」

「なんと、つまらん。そなたのような賢く美しい娘であれば、私も安心して隠居できるに」

 冗談に本気の部分が混ざって、何処まで素直に受け取って良いやら分からない。伯爵は豪気で飾り気の無い人柄だと知っているし、そういう人物は好ましく思う。

「身の丈以上の評価をしていただいているようで……、恥ずかしくて隠れてしまいたい思いです」

 とりあえずここは、笑顔でさらりと切り抜けようと決めた。

「で、本題だが」

 伯爵の顔つきが変わる。柔和な表情は消え、伯爵としての威厳のある、やや厳しいものに変わった。

「最近、領内で住民の不満や不安を煽り、反乱を促すかのような言動をする、外部の者が現れているようなのです。伯爵様の領内で同じような話はございませんでしょうか」

「む……。私はそのような話は聞いてはおらんが……」

 伯爵は後ろに控える執事に視線をやる。

「確かに、領内においても同様の話を聞き及んでおりますが、領内は治安も良く不満の芽も無いかと思い、様子を見ておりました」

 執事の言葉を聞いた伯爵は、怒りを堪えるかのように拳を握り、目を閉じた。

「私も偶然聞き及んだに過ぎません、安定していればこその判断もございましょう」

「いや、我が家の恥を晒すようで恥ずかしい。余計な気を遣わせてしまったな。で、この件で来られたということは、ただの注意喚起ということではないと?」

 ラーソルバールは無言で頷いた。表情は真剣なものに変わる。

 意図を汲み取ったのか、伯爵はラーソルバールの目を見つめると、険しい顔で口を開いた。

「まず、一つ目。我々の領地だけを対象とした、敵意の有る者の仕業。二つ目が国内の全てが対象となる場合、他国の介入が考えられる。三つ目、特定の領地を標的としている場合だが、国内の陰謀か他国の策謀か判別しにくい」

 伯爵は腕を組み、表情を変えずにソファの背に寄りかかった。

「二つ目、三つ目の場合、自らの領地が問題無くとも、他の領地で反乱や暴動が発生した場合、その余波がやってこない保証はない、その対策をしなければならんという事だな」

 その言葉を聞き、執事の顔が青ざめた。事の大きさと、自らの見通しが甘かった事を理解したのだろう。

 ラーソルバールは伯爵の目を見つめて、反応を待つ。

「顔色ひとつ変えずに聞いておるが、ここまでは想定内ということか。私は試されているのか?」

 険しかった伯爵の表情が、一転柔和なものとなる。しかし、ラーソルバールは表情を崩さない。

「まだ有るのか」

「大変畏れ多いお願いでございます」

 一瞬の沈黙の後、真意を理解した伯爵は豪快に笑った。

「他の領主達にも警戒するよう、陛下から命じて頂くよう進言せよ、と。男爵家であるミルエルシ家では、それが叶わぬから代わりにやれということか」

 そこまで聞いて、ようやくラーソルバールの顔に笑みが浮かんだ。

「私が伺っている陛下のご気性からすれば、お叱りを受けることも無く、事を運んで頂けるものと愚考致します。それから、後に事が明らかになれば、場合によっては褒賞が下される事もあるかもしれません。逆に万が一、陛下のご不興を買うような事態になりましたら、ミルエルシ家に唆されたと仰ってください」

「確かにこういった件でお叱りを受けることは無いな。で、褒賞が出ても要らんのか?」

 伯爵はニヤリと笑った。ラーソルバールの反応を試しているのだろう。

「私はただ、不審な輩が領内に居る、と申し上げただけです。何か褒賞に値する事がございますか?」

「はっはっは、本気で息子の嫁に欲しくなったぞ。褒賞の件は置くとして、領内の対応はどうする。領内の事くらいは答えてくれるのだろう?」

 伯爵の問いに頷くと、村で決めてきた内容を示す。

「住民を扇動するような者が居れば、身分を確認し、領内の者であれば背後関係を調べ、裏がないようであれば、不満を聴取。背後関係が有るようなら明確になるまで勾留し、場合によっては罪とします。外部の者であれば内乱予備罪、内乱扇動罪などの罪状で捕縛、拘束します。これは陛下から正式なご命令が有るまでの一時的なものです」

「承知した。我が領内もそのようにしよう」

 伯爵は満足そうに頷いた。

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