(二)カンフォール村

(二)


「色々とお気遣いありがとうございました」

 ラーソルバールは隊商の面々に、深々と頭を下げた。

「お礼を言うのは、こちらの方ですよ。安物の衣類だけで申し訳ありません」

「いえ、そんな……」

「あらまあ、別嬪べっぴんさんがさらに別嬪さんになっちゃって」

 メルーナがラーソルバールを見て、嬉しそうに声をあげた。

 彼女らの馬車も、戦闘の終息を見て追い付いてきていた。メルーナと同様、男性達は楽しそうに、そして隊商の女性達は誇らしげに、ラーソルバールを見詰めている。

 先程までと同様に旅装ではあるのだが、隊商の女性達の手によってより女性らしい衣装と髪型に、仕立て上げられていたからだ。

「また、いずれお会い出来れば幸いです。申し遅れました、私はアズワーンという者で、隊商『幸せを運ぶ者』の長でございます。そしてこちらが、護衛して頂いている隊のリーダー、ロカードさんです」

「私はラーソルバールと申します。またお会いすることが有りましたら、よろしくお願いします」

 皆の視線が気恥ずかしい。顔を赤くし、うつむき加減で名乗った。

「ロカードだ。名乗るのが遅くなって済まない、ギルドで護衛や傭兵を請け負ってる。嬢ちゃんは、できれば俺達のような連中の居る世界には足を踏み込まない方がいい」

「ご忠告感謝します。……では皆様、失礼致します。今後の旅のご無事をお祈り致します」

 そう言って頭を下げたあと、メルーナ達と一緒に馬車に乗り込んだ。

「お待たせしてしまってすみません」

「今日はカンフォール村までだし、気にしないでいいよ。それに行商人を助けてくれたんだ、誉めこそすれ、責めることなんて出来やしないよ」

 言葉の通り、メルーナは全然気にしていないようで、にこやかにラーソルバールを見つめている。

「そうそう。ひょっとしたら、あっしらも襲われてたかもしれねぇし、嬢ちゃんには感謝しとるよ。……じゃ、出発しますぜ」

 御者が同意する。

 この道を通るときの危険がひとつ減った、それで十分なのだろう。

「大して時間も食ってないし、一休みして馬も元気になった。暗くなる前には着けると思いますよ」

 馬車から身を乗り出し、空を見上げる。遠くに見える大きな虹が、ラーソルバールの気分を晴れやかにしていた。


「あのお嬢さん、ただの街娘じゃあ無さそうですね」

 アズワーンが顎髭を撫でながら、遠ざかる馬車を見詰めていた。

「貴族としても、命に関わるようなこんな厄介事に首を突っ込むとも思えないし、乗り合い馬車とか無いだろうし、何より腰が低い」

 そう答えるロカード自身、何だか良く分かっていない。

 剣の腕は確かだが、鎧兜も身に付けていないし、荷にある様子も無い。かといって俗に言う冒険者と呼ばれる、自分達のような存在でもない。

「不思議な娘でしたね」

「ですねえ。恩人の名前くらいは、しっかりと覚えておきましょうか」

 女達も先程の着せ替えが楽しかったらしく、話に花を咲かせている。人を笑顔にしてくれる娘だ、という事は何となく分かった。

「さあ、点検も終わったし準備もできた。我々も出発しましょうか」

『幸せを運ぶ者』の一団はラーソルバールと真逆、王都へ向かい出発した。

 二人が『恩人』の名を再び耳にするのは暫く後の事になる。


 空が赤く染まり始めた頃、馬車はカンフォール村に着いた。

「宿は『森の隠れ家』という名前で、この道を少し行った左手にあります。ラーソルバールに聞いて来たと言って頂ければ、ちょっとだけ良くしてくれる……かな? あと、食事に関しては、女将さんに聞いてください。すみませんが、私は村長の家に用事が有りますので、ここで失礼します」

 そう言って、ラーソルバールは馬車を停めてもらい、御者に代金の入った小袋を手渡すと、手持ちの荷物を確認してから馬車を降りた。

「明日の朝、宿に伺って村の特産品などをご案内しますね」

「よろしくね」

 手を振り、離れていく馬車を見送ると、少し寂しくなったような気がした。初対面でありながら、商人達が優しく接してくれたからこそなのだろう。

「お嬢様!」

 立っていたラーソルバールに気付いたように老婆が寄ってくる。

「え、お嬢様が居られるのか?」

「わー、ラーソルお姉ちゃんだ!」

 老婆の声を聞いたのか、次々と人が寄ってくる。

「お嬢様はしばらくご滞在ですか?」

「ミニットさん、恥ずかしいからお嬢様は止めて下さい」

 老婆と話しているうちに、村人に取り囲まれたラーソルバール。更にその様子を見た人々も集まってくる。

「滞在は……今日を入れて三泊……で……帰る予定です」

 この状況をどうしたものか。身動きが取れないので、逃げ出すことも出来ない。

「こら! お嬢様が困っておいでだ。皆、離れなさい」

 男の声がすると、皆が残念そうに距離をとる。子供二人だけが、服の裾を掴んで離れようとしない。

「何の騒ぎかと思って出て来てみれば、村の者達が、お嬢様にご迷惑をお掛けしていたようで、誠に申し訳ありません」

 出てきたのは村長だった。ラーソルバールは村長に会釈すると、子供達の頭を撫でた。

「皆さん、申し訳ありません。村長さんにお話が有りますので、また後程」

 頭を下げると、皆が残念そうに、村長宅に消える姿を見送った。


 ラーソルバールが村人に囲まれている頃、メルーナ達の馬車は宿『森の隠れ家』に到着していた。

「いらっしゃい」

 宿の女将が愛想良く出迎えた。見た目は悪くなく、年齢は三十を越えた辺りだろうか。

「乗り合いで一緒だった娘さんの紹介で来たんだけど、一晩泊めてくれないかい?」

「娘さん?」

 メルーナの言葉に女将が首を傾げる。

「ラーソルバールって娘だよ」

「何だって!」

 女将の顔つきが変わった。今にも飛び付いて来そうな勢いだった。

「お嬢様がいらっしゃったのかい! 今、どこに?」

「……あ、……村長のとこ行くって言ってたよ……?」

 女将に気圧されて、メルーナは詰まり気味に答えた。

 先程までと、明らかに様子が違う。ラーソルバールを「お嬢様」と呼び、動向を気にしている。

 何なのだろうか、メルーナが訝しげに見ていると、女将は腰をくねらせた。

「早くお会いしたいねえ……って、お客様が大事だ。我を忘れて申し訳ない。お嬢様の紹介なら良い部屋にしとくよ」

「よろしく頼むよ。夕食は女将に聞いてくれって言われたんだが」

 落ち着いた女将を見て、メルーナはほっとしたように、大きく息を吐いた。

「今からじゃ夕食の手配は出来ないから、隣の酒場で食べておくれ。私から言っておくから」

 酒場で今と同じようなやり取りをするのは、さすがに辛いので、女将に任せるのが良いだろう。一瞬だけのやりとりで、どっと疲れが出るのを感じた。

「ひとつ良いかい? ラーソルちゃんって何者なんだい?」

「ここの領主様である、ミルエルシ男爵のご息女だよ」

 それを聞いてもメルーナは特に驚かなかった。

 行きずりの相手に家名を教えるものでも無いだろうし、余計な気を使わせない為の配慮だったかもしれない。

「なるほどねえ。貴族らしいと言えばらしいし、らしくないといえばらしくない。不思議な娘だねえ」

「綺麗だし可愛らしいし、素直だし優しいし気さくだし、無邪気でお転婆でおっちょこちょいだけど、この村の者はみんなお嬢様の事が大好きなんだよ」

 女将の顔は、恋人か自分の愛しい娘を語るかのように、生き生きとして嬉しそうに見えた。余程、あの娘が好きなのだろう。メルーナはちょっとだけ吹き出しそうになりながらも、笑いを堪えた。

「貴族らしくないって言えばね、ここに来る道中、隊商が盗賊共に襲われている所に遭遇したんだが、あの娘ったら制止も聞かずに、私らを置いて切り込んで行っちまったんだよ。あん時は肝が冷えたわ……」

 女将も苦笑いしているが、そういう性格だと知っているのか、慌てる様子もない。

「で、盗賊をぶちのめしたんだろ?」

「あっという間に四人もだよ? まさに疾風の如く。貴族様ってのは安全な場所にどっかり座ってるもんだと思ってたが、違うのかねえ」

「あのお嬢様だからねえ、驚かないよ」

 自分の事でも無いのに、女将がどこか誇らしげに見える。

「剣も心も強いね、あの娘は」

「剣の腕だけなら、国の猛者ともやれるんじゃないか」

 さすがにそこまで強くはないだろう。

 先程までの話を聞いている感じでは、誇張と願望が入っていると思って間違い違いないだろう。メルーナは話半分で受け取っておく事にした。

「けどね、お嬢様は決して、心の強いすごい子なんかじゃない。普通の子だよ。奥方様が亡くなった時、まだ幼かったお嬢様は、ずっと泣いていたんだよ。まだ甘えたい年頃だっていうのに、なぜ神様はこんな酷いことをするんだ、って思ったよ」

 女将が悲しそうな顔をしているので、メルーナは何も言えない。他所者の自分がこんな話を聞いても良いのだろうかとさえ思う。

 それでも女将は話を続けた。

「領主様も奥方様もお優しくて素敵な方でね、村人は御二人を慕ってたんだよ。奥方様はお嬢様を凄く可愛がっておられた。だから奥方様が亡くなった時、お嬢様の悲しみは深かったと思うよ。あの可愛いお嬢様が、ただ泣き続けるのを放って置けなくて、この村の女達は全員がお嬢様の母親になるんだ、って決めたのさ」

 女将は当時を思い出すようにしながら、ゆっくりと話を続ける。

「しばらくして泣くことも減って、笑顔が戻ってきた頃には、みんなが少しだけ安心したけど、きっと泣きたいのを我慢してるに違いないって思ってた。それがきっとお嬢様も分かってたんだろうね。強く振る舞って、自分の事よりも村人の事を大事にして、誰にでも優しくして……。だから、私達も全力で支えたい。お嬢様を泣かすやつは絶対許さない。そう誓ったのさ」

 愛されている理由が、メルーナにも分かった気がした。

 半日一緒に居ただけだが、人を惹き付ける力があるのは何となく感じていた。漠然としていたものが、今の話で理解できた。

 そうこうしているうちに、荷降ろしを終えたドゥンガが宿に入ってきた。

「メルーナ、やっぱりラーソルちゃん、いいねえ。息子の嫁にし……」

「やんないよ!」

 上機嫌のドゥンガに、女将の怒り顔が向けられた。

 なぜ睨まれるのか理解できないドゥンガは、困った顔を浮かべると、メルーナに目で助けを求める。

 だが、女将の「お嬢様愛」を聞いていたメルーナは、即座に視線を逸らすと、知らんぷりを決め込んだ。

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