第三章 学校生活

(一)魔法と気晴らし

(一)


 本格的に授業が開始された。

 椅子に座っての勉強などは、幼年学校時代から苦手なものだった。

 初日に分厚い教書を何冊も渡された時には、非常に焦ったのだが、実際に授業が始まってみれば、意外に面白い内容が多かった。

 座学は苦手な物も有るが、興味をひくものが多い。なるほどと納得するところも多い。学ぶという点においては差は無いのに、分野が違うだけで、気持ちの持ち方も変わってくる。

 意外な発見だったのが、魔法の講義だ。興味の無かった分野だったが、聞いてみれば中々面白いと感じる。

 理論的な部分は、何となく理解できる。だが、剣の訓練ばかりで、魔法の鍛錬などしてこなかったせいか、魔法の制御が出来ない。感覚だとか加減といったものが、良く分からないせいだろう。


 魔法の実践授業も、座学と併せて開始された。

 初歩の初歩、魔力の制御から始めましょうと言われたが、皆と同じようにはできない。

 入学試験の時は必死だったからなのか、偶然とはいえ、そこそこには制御が出来た。その時と同じようにやって、感覚をなぞれば良いのだけれど、どのようにやったか、思い出そうとしても思い出せない。

 今が必死では無いのかというと、そんな事は無いのだけれど。

 未熟者の私にとって、実践授業が魔力制御の初歩から始まったのは、不幸中の幸いだった。

 とはいえ、数日経った今でも、私は初歩的な事すら満足にできていない。

 力を手に集めるようにとか、自分の前面に展開させるつもりで、などと指導されても、思った通りにいかないのだ。

「体内の魔力量が多いと、制御が難しいらしいよ」

 シェラに慰められたが、私の魔力量が多いのかも、本当にそれが理由なのかも分からない。

 とにかく魔法を使うのが下手くそなんだな、と自覚した。

 下手くそだと分かれば、練習するしかない。

 ところが剣と違って、魔法の使用には限界がある。体内に蓄積されている魔力を消費してしまえば、そこで終了。ゆっくり休んで回復するのを待つしかない。

 無理をするわけにもいかず、寮に戻ってから地道に練習をしようと決めた。

「だいたいの人が、小さい頃から魔力制御を始めるんだけどねえ」

 シェラが教えてくれた。

 すみません、確かに父に練習するよう言われた記憶が有りますが、すっぽかして剣の練習をしておりました。

 なるほど、試験で失敗した人たちは、その鍛練が足りなかったという事でも有るのか。今思えば、良く合格できたものだ。

 私はこれから、幼年期にやっておくべき練習、それも数年分を取り返さなければならない事になる訳で、先を思うと本当に憂鬱になる。


 今後始まる予定の実技授業では、魔法を覚えて行使するようになるが、その段階に移行するまで、まだ時間がありそうなのが救いだった。けれど、そこで安心してはいけない。それまでに追いつかないといけないのだから。

 大丈夫かな……。


 成長してから魔法の基礎鍛練は、幼少期のそれよりも難しいと先生が仰っていた。

 成長した体は、既に形が構成されつつあるため、魔力の通り道を広げるだけの領域を、確保できない可能性が高いのだそうだ。

 ただ、結果から導き出された理論のようなもので、裏付けの有る話ではないらしい。詳細は理解できなかったけれど、学の無い私には、今から始める人は大変ですよ、と言われている事だけは分かる。

 軽く意識するだけで、魔力が体内を流れるようにする。

 次に、全身から体の一点に力を集中する。

 これが制御の基本で、私くらいの年齢までには、有る程度習得しておくものだそうだ。

 体内にある魔力の循環が、自身で制御できているか。魔力球を作るのは、その確認方法らしい。

 そういう話を聞くと、魔力球って本当に基礎なんだって改めて思った。

 しかし、私はそれすらできずに、何度も暴発させて魔力を無駄に消費している。

 魔力回復薬でもあれば、休日にでもガンガン練習できるのに。いや、実際に魔力回復薬って有るらしいんですが、とっても高価な物なんだそうです。

勿論、今までそんな物に一切興味が無かったから見たことも無いし、有ることさえも知らなかった。もし学校の売店に売っていたとしても買えないけどね。

 俗に言う『冒険者』と呼ばれる人達がそれを買って行くらしい。そんなに稼ぎが良いのだろうか。まあ、私に縁の無い物の話は置いておこう。


 練習中は五回に一回位しか作れない魔力球。

 しかも歪な形。

 シェラに教えて貰ってはいるけれど、なかなか上達しない。

 私には練習しても使えるようにならないのかもしれない、そんな弱気な気持ちになって挫折しそうになる。けれど、ここで挫折してしまっては、騎士になるという夢は夢のまま終わってしまう。

 やるぞ、やるしかない。そう割り切ってしまえば、あとはやるだけだった。

 暴発させると何があるか分からないので、寮の裏手で剣の訓練の合間に練習を始めた。

 集中することが大事。

 気張ってやっても成功率は上昇しないし、その様子を横で見ているフォルテシアにも呆れられている気がする。魔法の練習をしていると、彼女の態度が妙に余所余所しく感じる。気を使われているのかもしれない。

 あまり根をつめてやっていると、潰れてしまうと言われたので、それならば気分転換をしようと決めた。


 休日になり、気晴らしに街へ出ることにした。

 外部接触禁止となっていた三十日が既に経過し、ようやく寮の敷地から出る事が可能になっていた。

 声を掛けられる範囲で、シェラとフォルテシア、そしてエミーナと、同じクラス四人での外出となった。寮と学校以外の場所は久々なので、少し浮かれているかもしれない。

 騎士学校は女子が少なく、各クラスとも十人程度しか居ない。とはいえ、まだ学校も始まったばかりで、全員と仲良くするというのも中々に難しい。

 皆とは追々仲良くなれたらいいと思っている。

 まず向かったのが、武器屋という女の子だけで行くには不似合いな場所だった。

 食いしん坊シェラの、最初に甘味を食べたいという、要求を突っぱねてまで来たのには訳がある。

 昔から入ってみたかったのだが、娘一人で入るには場違いすぎた。四人も居れば、冷やかし程度のつもりで入れるに違いない。意外にも、この意見が全員で一致した結果だった。

 そこはやはり女とはいえ、騎士学校に入学するような者ばかり。剣に興味が無い訳ではない。

 特に私。

 念願の武器屋に入ってみると、そこは銀色に輝く武器が並べられた眩い世界だった。

「おおー」

 誰かが声を発した。私ではない。


 武器の販売は制限されていて、武器の所持には許可が必要になる。

 店としては、武器を買うはずの無い娘四人の来店に、最初は乗り気でない接客だった。

 ところが途中で態度が変わった。私達が付けていた騎士学校のバッチが目に入ったのだろう。あまり熱心に勧められても困るので、素っ気無い態度を取りつつ、並べられた武器をゆっくりと眺めて回る。

 剣や斧、槍、棍棒、槌、弓、そして鎧と盾。

 さすがは王都最大と言われる店、様々な種類が並べられている。

 剣にしても、型に流し込んで作られた量産品から、職人が手がけた逸品まであった。前者は粗悪品と言えそうな物もあり、後者は金額が桁違いの物ばかりで、とても手の出せる代物ではなかった。

 四人それぞれが、好みのものがある様で、眺めているものが違う。私は直剣も気になったが、やはり片刃の剣を探していた。

 結局探し物は見つけたものの、種類も少なく私の趣味に合うものでは無かった。

 十分に店内を歩き回ったところで三人の様子を伺うと、私と同じように大体満足したように見えたのだが……。

 最終的に店側の期待を裏切って何も買わずに外に出ると、背後から店員の舌打ちのようなものが聞こえた。

「面白かったけど、良い物なかったね」

 舌打ちに対する仕返しだろうか、シェラが目配せをしながら言った。

「品揃えの割には、欲しい物なかったよ」

 シェラに応えるように、少し大きな声で言う。

「店員の態度もあまり良くなかった」

 意外にもフォルテシアが続いた。彼女の場合、思った事を口にしただけだろう。そういえば、店員を邪魔そうにしていた気がする。

「おなか減ったよ。昼食にしましょう」

 エミーナの言葉に全員が頷いた。

「そうだね、お昼にしよう」

 お昼は、私のお気に入りの店に案内すると、予め言ってある。


 案内したのは「熊の子亭」という食堂。これは父と私が時折利用していた店だ。

 騎士団で父と同期だった人がオーナーをしている。

 先代は熊のような方で、現オーナーが店を継いだ時に名前を今のものに変えたらしい。聞く話だと、以前は「穴熊亭」だったそうだ。

 このお店、私が言うのも何だけど、何を食べても美味しい。

 お勧めはシチューだけど、川魚の料理なんかも人気のメニューだ。

 最近は、魔法の有効活用ということで、王都から少し離れた港町から、海産物を凍らせて輸送することが可能になったらしい。

 今ではそちらを調理したものも、評判になっているようだ。

 魔法で食材を冷凍、保冷するなんて事は考えもしなかったけど、便利な事もできるんだね。

 魔法様々だ。


 私達は今のまま鍛錬しても系統が違うから、そういう魔法使えるようにはならないんだけどね。魔法の有用性というものを感じたし、生活に直結しているんだということを知る事ができた。

 しかし、これは輸送中の保冷効力維持のために、魔法使いが一人付きっ切りになるのだろうか。であれば、その食材を使用したメニューの値段が跳ね上がるということは、今なら理解できる。

 魔法の事を忘れるつもりで出かけてきて、魔法に関心させられるというのも皮肉なものだ。

 帰ったら頑張ることにして、まずは大好きなシチューを食べたい。

「おや、ラーソルちゃんか。久しぶりだな」

 客の様子を見に出てきたオーナーが、私に気付いたのか声をかけてくれた。

「騎士学校の友達と来たんです。よろしく御願いします」

「おう、じゃあ、お友達のためにも気合を入れて作るぜ。今日は食材が揃ってるから、何でもいいぞ」

 愛想よく応対すると、調理場に戻っていった。

 全員が注文を終えて暫くすると、それぞれの料理が運ばれてきた。

 私の前には当然シチュー。

 シェラは私と同じ物、フィルテシアとエミーナは川魚の香草蒸しが、目の前に運ばれてきた。

 それからお店からのおまけ、ということで蟹の焼き物が一皿置かれた。全員で分けろという事らしい。

 川蟹ではなく、海の蟹。早速魔法の恩恵にあずかる事になるとは思わなかった。

 出てきた料理を三人が美味しそうに食べるのを見て、私はひと安心した。

 おまけして頂いた蟹は、水揚げした直後に氷結させたのだろう。全く生臭さは無く、とても美味しかった。そして美味しい食べ物は、皆の会話を弾ませる役割を十分に果たすことになった。

 学校が始まってからの、それぞれの思いを語り合う、いい機会になったんじゃないかと思う。

 いい一日だった、と言えるんじゃないかな。

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