(四)始まりは……

(四)


「クラスの代表であるクラス長を決める」

 教師のそんな言葉に、ラーソルバールは危機感を覚えた。

 危機感、それは他のクラスではエラゼルが代表になるだろう、という確信が有ったからだ。 クラス長同士の会合があった場合、彼女と顔を合わせる事になる。それは回避したい。

 では、誰が適任か。実力もはっきりした推薦入学者で、多少の事が有っても動じることが無さそうな性格。

 フォルテシアしか居ない。

 選考は特に立候補者も無く、ラーソルバールと、フォルテシアを推す声が上がった。だが、ラーソルバールが辞退したことで、無難に決定となってしまった。

(ゴメンね)

 拍手の中、フォルテシアが振り向いたので、ラーソルバールは両手を合わせて頭を下げた。目で合図を送ると、「任された」と言うかのようにフォルテシアは頷いた。


 この日の午後からは、教材と練習用の装備品の支給が行われた。皮鎧と模擬戦闘用の剣である。

 両方とも入学試験の際に使用していた物と同じ物で、鎧は個人の体格に合わせたサイズ変更と、若干の調整が施されていた。

 皮鎧の継ぎ目は、鎖帷子で出来ており、練習中の怪我を減らす配慮がされている。鉄の板鎧と比べれば圧倒的に軽いのだが、それでもこの年頃の者達には十分な重量になる。

 機動性を考えると、それなりの筋力をつけなければならないだろう。


 併せて配布された教材に目をやると「地理・歴史学」「戦術・戦略論」「治世論」「産業・経済」「魔法実践」「生物学」などという分厚い本が積み重ねられていた。これから先の座学の過酷さが伺い知れ、先が思いやられる。

 中に一冊だけ薄い本が混じっていた。「国内外情勢」と書かれた本は、逐次最新のものが配布されると説明された。刻一刻と変わる情勢を、表向きにされた形で伝えるのが目的、という事で、伏せるべき情報は伏せるという事なのだろう。

 これらの大量の荷物は、個人持ちの収納箱に入れて鍵をかけて管理するか、寮への持ち帰りが必須とされた。寮で勉強をしない訳にもいかず、ほぼ全員が、数回に分けて教材を持ち帰る事にした。

 教材の配布と説明を終えた時点で、初日ということもあり、早めの終了となった。


 各自が重たい荷物を持ち、二年生が実技訓練を行っているのを横目に寮へと戻る。

 実技の風景を見て、ラーソルバールは無性に体を動かしたくなった。

「シェラ、寮に戻ったら体を動かすの付き合ってくれる?」

「いいよ、寮にあった練習用の剣使うの?」

 昨日、寮の玄関に貸出し用の武器が有るのを見つけていた。

 学校の模擬戦闘用の物より簡素で、刀身に布が巻いてあり、怪我をしにくい作りになっている。安い皮鎧でも着れば、怪我をすることも無いだろう。

 素振りや、打ち込みが主たる用途らしい。

 二人は寮に戻って着替えると、早速寮母に申請して剣を借り、庭で打ち合いを始めた。

 他人に迷惑をかけないよう、寮から離れた場所を選んだのだが、時折気分転換の為か、散歩や走り込みをしている生徒が通り過ぎて行く。

 しばらくすると、黒髪の少女が二人の方へ歩いてきた。フォルテシアだった。

「練習しているところ済まない。私も混ぜてくれないか」

「どうぞ」

 笑顔で迎えるシェラ。

「ここで練習している人が居ると聞いて、先ほど二人が話していた事を思い出したんだ」

 ぶっきらぼうな物言いだが、不快感を与えるものではない。むしろ、努めて温和に話しているようにも感じる。

「私はもうヘトヘト。ラーソルの相手はきついわ。フォルテシア、変わって」

 解放されたとばかりにシェラは座り込む。

「こらこら、私は怪物か何かか?」

「その類です」

 シェラはニヤリと笑った。

「では、代わりを勤めさせてもらおう。手加減無しで良いか」

 そう言うフォルテシアの顔が、心なしか嬉しそうに見えた。

「手加減なんていらないよ、私の代わりに叩きのめしておいて」

 そう言って笑いながら、シェラはフォルテシアに声援を送ると、二人の動きを見つめた。

 開始の合図は無いが、互いに剣を構える。

 ゆったりと構えたラーソルバールに対し、先にフォルテシアが襲いかかった。素早く振り下ろして薙ぐ。それは無駄の無い動きだったが、ラーソルバールは振り下ろされた剣を体を捻って避け、横薙ぎの剣を自らの剣で跳ねあげた。

「な……」

 驚くフォルテシアの頭を剣がコツンと叩いた。

「イタっ!」

 全く相手にされなかった事に、フォルテシアは驚いた。同年代の相手であれば、遅れは取らない自信があったからだ。簡単に避けられるような、安易な攻撃はしていないつもりだった。

「怪物の類いだってば」

 戸惑うフォルテシアに、シェラが声をかけた。

「そうか」

 自分は自惚れていたのか。そう理解して、頭を切り替える事にした。


 もう一度剣を構え、切り込む。

 しかし剣は空を切り、弾かれる。また弾かれ、空を切る。それが数度繰り返された。攻撃が単調なのか、踏み込みが甘いのか。

 捉える事が出来ないと分かり、フォルテシアは一旦間合いを取る。

「攻撃してもいい?」

「本気でやっていい」

 問いに対して頷いた後、あえて言葉を付け加えた。自分の剣を軽々とあしらう相手の、本気がどの程度のものか見てみたかったからだ。

 ラーソルバールは「うん」と短く答えると、一呼吸置いてから動いた。

「あっ…!」

 迎え討ったはずの剣は避けられ、腹部に斬り込まれていた。

 軽く当てるだけに留められた攻撃は、振り抜いていれば相当な衝撃だったはずだ。

「分かった。今の私では貴女に勝てない。だから、魔法を使っても良いか?」

「さすが。もう補助魔法使えるんだね。使って良いよ。私は魔法の訓練してないから苦手…というか使えないんだよね」

 同意を得て、フォルテシアは詠唱を始める。

「風の力よ、大地の息吹よ……」

 戦場では詠唱の暇など与えられない。無詠唱に近いほどまで短縮させるか、印を切って発動させる。そうでなければ、触媒を持ち歩く事になる、とフォルテシアは父に教えられた。恐らく学校でも同じことを教わるだろう。

 これからはそれを修得しなければならない。

 だが、今は出来ることをやる。

 詠唱を終え、速度強化魔法を発動させると、フォルテシアは剣を握る手に力を入れた。

「いくぞ」

 先程とは明らかに違う速度の剣が、ラーソルバールを襲う。それを弾き返すと、次の攻撃が来る。

 ラーソルバールは速度強化された相手と、剣を合わせた事がない。

「こんなに違うんだ」

 口には出さなかったが、正直驚いた。二割程は動きが違う。

 弾き返しながら、時折反撃を加える。反応速度は変わらないが対応時間が速い。

 感心して気を抜いていたら、危うくフォルテシアに一撃入れられるところだった。

 三十程数える頃、フォルテシアの速度が落ちた。魔法の効果時間が切れたのだろう。

「駄目か」

 フォルテシアは効果時間中に、ラーソルバールに一矢報いたかったのだろう。

 攻撃は全て避けられるか止められた。反撃も様子見程度のもので、本気を出させていない。

 まだ足りない。

 息を切らしながら、ラーソルバールを見つめた。

「何が足りない? 教えて欲しい」

 そう聞かれてラーソルバールは困ったような顔をした。

「私は半分は自己流だから、他の人に何かを教える事はできないよ。これからそれを学校で教わるんじゃないかな。でも……」

 そう言って横で見ていたシェラに視線をやる。

 んー、と唸った後でシェラは思い付いたようにフォルテシアの顔を見た。

「手首を使ってないから……だと思うよ。人がやってるのを見ると、自分がやってる時と違う発見があるね」

 シェラの答えに、ラーソルバールは満面の笑みを浮かべた。

 何か納得したような表情で、フォルテシアは自分の手元を見つめた。


 翌日、騎士団の任務交代時期により、第四騎士団が王都に帰還した。

 交代で第六騎士団が、北方の帝国との境界近くにあるアスカルド砦で、その任に就いている。

 第四騎士団の長、ガレン・シジャードは、王城にある軍務省で帰還報告を終えた後、軍務省の会議室に行くよう指示された。

 会議室は、第一騎士団長のサンドワーズ、第二騎士団長のランドルフ、第八騎士団長のジャハネートが既に着座していた。

「皆さん、お久しぶり」

 明るい口調で挨拶をする。

 シジャードは三十代前半の美男子であり、筋骨隆々なランドルフと比べれば、優男と言ってしまっても過言ではない。

 だが、実際には『穿つ者』の異名を持つ槍の使い手でもある。一突きで直線上の全てを穿つ、と噂される程の猛者である。

 見た目の良さもあり、女性からの人気が高い。

 噂は誇張されすぎだろうが、彼の指揮する第四騎士団は、突撃力に於いて、王国騎士団最強、果ては大陸最強とまで言われている。槍を防衛線の維持ではなく、攻撃力に転化させた戦い方は彼の手腕あってこそである。


「今年の騎士学校の入学者はどうだった?」

 椅子に腰掛けながら、三人を見渡す。

「大体、例年通りといったところだな。一部を除いて」

 ランドルフが憮然として答える。

「ん?良くなかったのか?」

 不思議そうに首を傾げるシジャードを見て、ジャハネートが笑った。

「筋肉馬鹿は色々とあってな、その話はしたくないらしい」

「ふぅん。そういや、ランドルフには言っただろ?『今年は物凄いのが入学すると思うぞ』って」

 シジャードは気になった事があるように、問いかけた。

「あれ予言だか、冗談じゃなかったのか? 本気で言ってたのか……?」

 呆れたようにランドルフが返す。

「冗談のつもりは無いよ。知人の娘でラーソルバールっていう、珍しい名前の子なんだが、居なかったか」

「居たよ。知ってるのか?」

 ジャハネートから笑みが消え、真剣な表情になった。

 いつも不敵な態度でいる彼女が、妙に真面目な表情に変わったのが、シジャードは気になった。

 話に興味があるという事だろうか。

「言うほどでもなかったか?」

 全てを知っているようにしながらも、小首を傾げ微笑するシジャードには、きっと悪魔の尻尾が生えてるに違いない。

「あのなぁ、物凄いとかで済む話じゃねぇぞ。帝国の猛者どもにも負けねえよ。うちの騎士団員も太刀打ちできねぇとか、ありえねぇだろ」

 怒っているというか、呆れているというか、とりあえず文句が言いたいらしい。

「戦場であの見た目に騙されたら即刻地獄行きだわ。俺は危うく試験で団長としての威厳を損ねるところだったんだぞ! 知ってたんなら名前くらいは教えておけよな!」

「損なうような威厳なんて無いだろ? 大体、お前は名前を教えたところで、『入学前の小娘ならたかが知れてる』とか言って、気にもしないだろうよ」

 図星である。例年の入学試験では、良くても現役の騎士団員よりやや劣る程度の者しかいなかった。それ故、多少強い者が混じって居たとしても、ランドルフには軽くあしらう自信はあった。

 あれだけの強さを持った者が受験してくるなど、全く想像もしていない。

 だが、シジャードが直接指南したというなら、あの強さも分からないでもないが。

「あぁ、俺はあの娘に何も教えてないよ。剣なんか教えられんし。自慢じゃないが、剣なら勝てる気がしない」

 視線に気付いたのか、あっけらかんと言ってのけ、能天気に笑うシジャードを見て、ランドルフは怒る気も失せてしまった。

「じゃあ、誰に教わった?」

「独学だと思うよ。親父さんとも違うしな……。ああ、時々学校の練習風景眺めてたって言ってたかな」

 ……あれ、とランドルフは首を傾げた。

「あれが独学……? ん……親父?」

「おっと、そこから先は本人に口止めされてるから内緒で……」

 そこまで話した所で、軍務大臣のナスタークが入室してきて、雑談は終了となった。


 同日、騎士学校ではクラス長の会合が行われたのだが、フォルテシアは明らかに疲労した様子で戻ってきた。

 事前の話では、顔合わせ程度という予定だったのだが……。他のクラス長は、エラゼルやグレイズを含め、みな曲者揃いだったようで、初日だというのに収拾がつかなかったらしい。

 ラーソルバールはフォルテシアに同情すると共に、申し訳ない気持ちで一杯になった。

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