(三)出会いと再会

(三)


 入寮の翌日、授業が開始された。

 クラス分けは当日に掲示で通達となっており、八クラス各四十名程度に振り分けがされていた。 入学時の成績が反映されているという噂もあるが、振り分け自体に意図するところが有るかは不明である。

 初日となるこの日は、学校内の施設案内から始まり、教員と生徒の自己紹介という流れとなっていた。

 ラーソルバールの自己紹介時には、冷やかし半分の歓声が上がったが、それ以外は概ね順調に行われた。

 クラス全員の自己紹介を終えたが、さすがに一回で覚えきれるはずもない。偶然だろうか、シェラが同クラスに居てくれたおかげで助かったが、他には幼年学校時代の知り合いも居らず、話す相手にも苦労するところだった。

 この自己紹介中に、入学には推薦枠というものがあったことを、他の生徒の話で知ることになった。


 軍務省からの推薦と、騎士団長二名以上の承認が必要ということで、なかなか厳しい審査基準となっているようだ。

 貴族のコネや圧力は通用しないという話で、騎士の子女が利用する他、剣技等の大会で上位入賞した者が、利用することが多いと聞いた。勿論、騎士の子女とはいえ、相応の能力が無くては合格するはずもない。

 話を聞くうちにこのクラスには、二名の推薦入学者が居る事が判明した。

 一人は騎士の娘、もう一人は剣技大会で大人に混じって三位という成績を残した男子である。二人とも推薦枠での入学のためか、それを鼻にかけて他を見下しているような雰囲気が見てとれた。

 態度で分かったのか、休憩時間には皆が和やかに談笑する中、二人には誰も寄り付かず、孤立していた。

「あのままで良いと思う?」

 ラーソルバールは、寄ってきたシェラに問いかけた。

「良くはないけど、今は何を言っても聞かないと思うよ」

「だよねえ」

 友の言葉に同意すると、頬杖をついて眉間にしわを寄せた。

 騎士として、背中を預ける事になるかもしれない、未来の同僚にやきもきする。今、何も出来ないことがもどかしい。

「ミルエルシさん」

 ため息をつきかけたところで、背後から不意に声をかけられた。

 振り返ると、クラスメイトの一人が背後に立っていた。

「入学試験の模擬戦見てたよ! 同い年であそこまでできるんだって、驚いたよ」

 どんな顔をして良いか分からず、ラーソルバールは思わず固まってしまった。

「あ、家名じゃなくて、私の事はラーソルと呼んでね。こちらはシェラさん」


「シェラです、よろしくね」

 シェラも改めて自己紹介をする。

「あ、失礼しました。私はエミーナ・デセナです」

 ウェーブがかった茶色い髪と、若干の雀斑が印象的な少女で、他意無くラーソルバールを憧憬の目で見ていた。

「ラーソルさんは間違いなく、この学校で一番強いという噂です」

 そう言われてラーソルバールは憂鬱になった。会話が聞こえたのか、推薦入学の二人が、こちらを伺って居るのが分かる。

 確証の無い噂話から、厄介事が降りかかって来ないで欲しいと願う。皆には『今のを聞かなかった事にしてください』と言いたいところだ。とはいえ、噂話を聞かせてくれたエミーナが悪い訳ではない。

 そう思っていると、一人の男子がやって来た。例の推薦入学者の一人だった。

「一番強いのはこの俺、ジェスター・バセットだ。こんな貧弱女が一番だとか、一般入学者は相当程度の低い連中ばかりなんだな!」

 先程の話が気に障ったのか、初めから喧嘩腰で、まともな会話などする気も無いのだろう。

「誰が強いとかどうでも良いことでしょう。騎士は規範、規則を重視し、団体で行動するもの。私の事はともかく、皆まで馬鹿にするような事を言うのは止めてください。和を乱す発言は、騎士を目指す者として、正しいこととは思えません」

 早速の面倒な出来事に怒りを押さえつつ、相手を睨み冷静に言い返す。

「弱い奴は口が良く回るな。強い事が正しい、強くなければ生き残れない」

 ラーソルバールの気迫に一瞬押されかかったが、視線を逸らしてあくまでも自分の立場を崩さない。周囲を睨み付けると、さっさと教室の外へ出ていってしまった。

『戦場では強くなければ生き残れないだろう。だが、戦場では一人では生き残る事さえ容易いことではない。背中を預ける仲間がいてこそ、安心して戦うことが出来るということを覚えておきなさい』

 父の言葉を思い出す。騎士としての心構えだと教えてくれた。

「ごめんなさい、私が余計な事を言ったばかりに」

 申し訳無さそうに、エミーナが頭を下げた。

 ラーソルバールは、気にしないというようにそれに笑顔で応える。

「今のを見ていた。止めに入らず、すまなかった」

 もう一人の推薦入学者が歩み寄ってきた。

「私はフォルテシア・クローベル。私も考えが誤っていた。貴女の言うことが正しい。規則を守り団体行動を旨とする、騎士として当然の心構え。不器用者ゆえ、言葉足らずなところが有ると思うが許して欲しい」

 長いストレートの黒髪が美しい少女で、端正な顔立ちをしている。さらに無表情に近いせいで、一見すると冷たそうな印象を受ける。本人もそれを自覚しているようだが、不器用さ故の言葉足らずで愛想の無い態度が、近寄り難い雰囲気を醸し出して居るのだろう。

 フォルテシアはラーソルバールに手を差し出した。

「偉そうな事を言ってしまって……」

 苦笑しながら、差し出された手を握ると、ラーソルバールはフォルテシアの黒い瞳を見つめた。無表情だが、曇りの無いその瞳は嘘をついていない。

「よろしくね、フォルテシア」

 優しく微笑むと、彼女の表情がほんの僅か緩んだように見えた。


 騒動を終え、談笑していると突然廊下が騒がしくなった。

「礼儀を解さない下賎の者達は寄らないで下さいませんか?」

「先にぶつかったのはそっちだろ!」

 大きな声が聞こえてくる。

 初日だから、仕方無い。どこにでも問題の種は有るものだし、いちいち首を突っ込んでいたらきりがない。「和をもって」ではあるが、ここは当人同士で事を収めて頂きたい。ラーソルバールは静観を決め込むことにした。

「私をエラゼル・オシ・デラネトゥスと知っての事ですか」

 女の大きな声が響く。

「あ……!」

 ふと思い出した、高飛車な態度とその名前。

 幼年学校時代に苦手だった人物だということを。

「あのお嬢様もここに来てたのか……」


 デラネトゥス公爵家はこの国の名家で、三公と呼ばれる有力な公爵家のひとつである。

 三女のエラゼルはラーソルバールと同い年で、社会経験のためとして貴族の子も通う幼年学校に在学させられていた。

 本人はそれが不満だったようで、ことあるごとに絡んでくる他者を威圧し当たり散らすなど、態度は不遜で褒められたものではなかった。

 ところがこのお嬢様、非常に優秀で更に容姿端麗と、性格以外は非の打ち所がない人物だった。

 それ故か、自身の能力と名家であることを鼻にかけ他者を見下しているかのような言動も多く、関わると碌なことがないため、ラーソルバールはなるべく近寄らないようにしていた。

 恐る恐る扉の影から覗くと、そこにはやはり見知った顔があった。

 色の淡い美しい金髪に青い瞳。

「エラゼルだ……間違いない」

 分かってはいたが、実際に本人を目の当たりにして愕然とする。

「彼女も推薦入学者ですね」

 後ろからついてきたのか、隠れる様子もなく、フォルテシアがボソリと呟いた。

(でしょうね……。性格以外は一級品ですから)

 言葉は心の中に留め、ため息を一つついた。

「なに、ラーソルの知り合い?」

 囁くような声でシェラが問いかける。

「天敵……」

 間髪入れずに答える。

 そのやり取りの間も、お嬢様の罵詈雑言が続いている。

「あれは、私も無理だわ」

 シェラも呆れたような顔をする。

 いずれは顔を合わせる事になるけれど、クラスも違うようだし、とりあえず今は見なかった事にしよう。

 そそくさと席に戻ろうとするラーソルバールを見て、フォルテシアの口許が僅かに緩んだ。

「そういえば……」

 入学式の際、エラゼルを見た覚えがない。出席していれば気付いただろうし、何より彼女自身大人しくしているはずもない。

 気になって振り返った瞬間、廊下のエラゼルと目が合ってしまった。

「あ……」

 しまった。と思ったときには遅かった。

「ラーソルバール・ミルエルシっ!」

 指を差し、ラーソルバールを睨み付けるエラゼル。その口端は上がり、ラーソルバールには悪魔の笑みにも見え、背筋に悪寒が走った。

「……お友達を見る時の顔じゃないよね……。ラーソル、なんか怒らせるような事した……?」

 シェラの顔がひきつる。

「してない、してな………した……かも」

 以前の出来事が一瞬脳裏をよぎった。思い当たる節が無い訳でもない。

 そのやり取りの間に、エラゼルは教室内にずかずかと入り込んできた。

「今日こそ正々堂……」

「エラゼル、休み時間終わるよっ!」

 エラゼルの言葉が終わらぬうちに、被せるように返した。

「む……そうですわね。この続きはまた後で。覚えておきなさい、ラーソルバール・ミルエルシ」

 勢い良く踵を返すとエラゼルは去っていった。

 ふう、と大きく息を吐くと、ラーソルバールは額の汗を拭った。

「ラーソル、あの人に何したの?」

 シェラが苦笑いしながら聞いてくる。

「彼女は完璧主義でね、何でも他人に負けたくないの。勉強で一番じゃなかったら、次は必ず取り返すくらいの負けず嫌い。でね、幼年学校時代の剣技大会で、うっかり彼女に勝っちゃって……」

 うっかりって何だ。と、言葉には出さなかったが、顔に出てしまうシェラだった。

「彼女弱いの?」

「こう言ったらなんだけど、結構強いよ。男子とも互角だったから。で、彼女に勝つと厄介そうだったから、気付かれないように手を抜いて、華を持たせようと思ってたんだけど、予想外に強かったから、思わず手が出ちゃって……」

 当時を思いだしながら苦笑する。

「悪い事に剣技大会ってのは、卒業前のイベントで一回きりのやつだったから、その後ずっと再戦の機会を狙って追いかけ回されて……」

「災難だったねえ」

 とは言っているが、シェラは楽しそうに笑っている。

「元々苦手だったんだけど、余計にね……。私は武闘大会っぽいのは出る気が無かったから、そのまんま引きずってる感じで……」

 そう言ってラーソルバールは大きく溜め息をついた。

「私はてっきり何かやって『この無礼者が』っていうやつなのかと思ったよ。

「そういうのも無い訳じゃないけど……」

 そこまで話したところで教師が戻って来たため、皆慌てて席に戻る。

 また後でね。ラーソルバールはシェラに目配せした。

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