(二)入寮

(二)


 入寮の日を迎えるにあたり、ラーソルバールは荷物の整理に頭を悩ませていた。

 家具は備え付けの物を利用する、ということだが、収納量がどの程度かも分からない。そうなると、持ち込み過ぎる訳にも行かない。

 衣服や日用品は担いで行かなくてはならないので、最低限の物にすることとした。不足があれば、休暇の時に取りに戻れば良い。割りきってしまえば簡単だ。

 そう思って居たのだが「最初の三十日間は外部との接触を禁止し、寮生活に慣れること」などという条項が有るのを、先程発見した。

「だったら、下見くらいさせろーっ!」

 誰もあたる相手が近くに居ないので、ひとりで声を上げ怒りを発散させる。近隣の住民に聞こえているとは思うが、気にしないでおく。

 寮の部屋はそれぞれに個室が与えられることになっている。共有ではないのが有難いが、家事が得意ではないので何でも一人でこなさなければならないのは少々面倒だ。

 以前はそこそこの大きさの部屋に数人で共同生活していたそうなのだが、溜まり場になったり、ルームメイト同士の諍いがあったりと、問題が多発したため現在の個室制度になったと聞いている。

 個室なのだから、他人に迷惑をかける訳でもないし物に不足が有るよりは多めに用意すれば良い。もし不足があったとしても校内には購買が有るらしいので、そちらで何とかすれば良い。

 そこまで決めてしまえば、あとは早かった。


 夢中になって、思いつくものあれやこれやと詰め込んでいると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。

「まだやってるのか、明日は早いんだろう?」

 就寝前にやっていたので、父が呆れた様子で覗きにやって来た。

「もうすぐ終わるよ。父上だって、明日もお仕事でしょう」

「誰かが賑やかにしているから、寝られなくてね」

 あっさりと皮肉で返された。

「反省シテオリマス。スグ寝マス」

 棒読みで謝罪すると、父は苦笑しながら部屋を出て行き、静かに扉を閉じた。

「おやすみ。早く寝なさい」

 扉の向こうから優しい声が聞こえた。この声がしばらく聞けなくなると思うと、少々寂しい。離れていく杖の音も今日は悲しげに聞こえる。

 父は病を患ってから、片足の自由が利かなくなった。今は騎士の職を辞して、今は司書として城勤めをしている。ラーソルバール自慢の父親だ。

 父が騎士だった頃、ラーソルバールはまだ幼かった。名の知れた騎士だったという話だが、その姿は殆ど記憶に無い。父もその頃の事を語ろうとはしないので、あえて聞かずにいる。

 だが、父を知っている人がいたなら、その時は話を聞いてみたいと思う。


 しばらくして、ようやくサックも手提げ袋も一杯になった。これで荷物に不足はないはずだとは思っている。

 父に配慮して静かにやったつもりだが、大丈夫だったろうか。

 ひと仕事終えた事で、ようやく安心して眠れる。ランプの灯を消してベッドに潜り込む。横になって月明かりに照らされる部屋を眺めていたが、試験の前日ほどの高揚感は無いせいか、すぐに眠りに誘われ瞼を閉じた。


 翌朝、ラーソルバールは眠い目をこすりながら朝食を摂ると、急いで身支度を整えた。

「すごい荷物だな。寮まで遠いんだし、大丈夫か」

 心配というより呆れた様子で、父はラーソルバールを見つめる。

「ガイザの家の馬車に乗せてもらうから。お出迎えで馬車なんて、お姫様みたいでしょ」

 無邪気に笑う娘に、父はため息をついた。

「何処にそんな大荷物を担いだお姫様が居るんだ?」

「ひひっ」

 父の言葉にも笑顔を崩さず、ラーソルバールは自らを指差した。

「はいはい、可愛い娘はお姫様ですよ」

「お姫様の父親は王様だね。では、行ってまいります陛下。休暇は三十日後にございます」

 優雅にお辞儀をしようとしたのだが、荷物が邪魔で失敗し、父の失笑を買った。

「行っておいで」

 七年前に母を病気で亡くしてから、父と娘の二人暮らし。僅かな領地は有るものの、貴族とは名ばかりの生活で、執事なども居ない。

 一応、生活には困らない程度の収入はある。家事などは、手伝いに来てくれるマーサという女性がやってくれているので、二人は何とかなっている。


 外に出ると間もなく馬車がやって来た。

「ラーソルバールお嬢様、おはようございます」

 白髪の紳士が馬車から降りると、頭を下げた。

「おはようございます、エフォートさん。私はドーンウィル家の人じゃないから、お嬢様は止めてくださいね」

 申し出を無言の笑顔で拒絶しながら、老紳士は馬車の扉を開ける。中にはまだ眠そうなガイザが居り、やはりかなり量の荷物がその傍らにあった。

 あれは自分よりは多いな、ラーソルバールは笑った。

 整理整頓が苦手なのを差し引いても、生活拠点を移すのだから、荷物が多いのは当然だろうとは思うが。

「エフォートさん、今日はわざわざありがとうございます」

 頭を下げると、荷物を押し込んでから馬車に乗り込んだ。

「いえいえ、当然の事でございます。旦那様からも仰せつかっておりますので」

 一礼すると老紳士は扉を閉めた。


 馬車に揺られてしばらくすると、王宮の正門が見えてくる。 角を曲がってしばらく走り、騎士学校の横を抜け、裏手にある学生寮に到着した。

 既に同じように入寮のための馬車が幾つか停まっている。

 書類には「過度な持ち込みは禁止」とあったと記憶している。注意書きがある以上、そういう例があるのだろうと思っていたのだが、実際に明らかに大きすぎる荷物を搬入しようとして、門で職員と揉めている者も居た。どこまでが過度か、個人によって見解が違うのか、それとも貴族の感覚がおかしいのだろうかと苦笑する。

 ラーソルバールとガイザは、ここまで送ってきてくれた執事のエフォートに礼を述べ、馬車を降りた。門で起きている言い争いは続いており、それをを横目に、二人は寮の門を抜ける。

 男子寮と女子寮で別れているため、二人は別れて案内に従って移動することになった。

 ガイザと別れ、女子寮へとやって来たラーソルバールは、部屋番号が記載された通知を荷物から取り出し、案内人に提示した。

 一号棟一階一号室。通知を受け取った時は、余りにも思いきりの良い番号で笑ってしまった。


 寮は煉瓦と木が主体の建築物で、どこか大きな宿屋といった感がある。ラーソルバールの部屋がある一号棟は、隣接する学舎への通路に近く、塀からは遠い位置にあった。

 部屋は通路奥の門部屋。入ってみると室内は広くはないが、大きめの窓もあり、窮屈さを感じるものではない。

「ちゃんと家具もあるんだね。クローゼットとドレッサー、これだけあれば収納は問題なし。それから机とベッド、小さな食器棚とテーブル。うんうん」

 必要な物は揃っているようなので、とりあえずは安心する。

 寮では飲用水や、洗濯用の洗い場、トイレ、風呂などは共用のものを利用する決まりとなっている。食事は基本的には食堂で用意されるが、自室への持ち込みも可能とある。

 食事や風呂の時間こそ決まっているが、意外に幅があるため自由度は高い。

 まずは共用となる水回りの場所の確認を、と思っていた所で、部屋の扉を誰かがノックした。

「ラーソル、入ってもいい?」

 シェラの声だった。

「どうぞ、鍵は開いてるよ」

 扉を開けてシェラが笑顔で入ってきた。

「斜め向かいの部屋だよ、よろしくね! ラーソルの部屋番は一揃いだって聞いてたから、すぐに分かったよ。ここに来るの待ってたんだ」

「遅くなってごめんね、シェラはここに来たの早いんだね」

 シェラは照れながら「そこそこね」と返した。

 ラーソルバールは早起きが得意ではない、いや苦手の部類だろうか。ガイザも似たようなもので、おかげで迎えの馬車の時間が丁度良い程度だったが、もう少し早かったら辛かったに違いない。


 これから水回りを見に行こうと思っていた、と切り出すと、シェラは提案にすぐに賛成の意を示した。その水回りはさすがに国立の学校だけあって、綺麗なもので二人は感心しきりだった。特に大人数が入る風呂は広く、見たことのない大きさの湯船があり、とても驚いた。

 汗や埃に塗れての教練を受ける事もあり、濡れた布で体を拭くだけでは足りないのだろう。頭までしっかり洗える風呂場は、非常に重要なのだという事がよく分かる。

 二人はこれが一年生用のものであることを知り、更に驚いた。

 探検を終えて互いに部屋に戻り、しばらく荷物を片付けていると、気付けば昼になっていた。

「シェラ、お昼に行こう!」

 相棒を誘い、食堂へ急ぐ。

 試験の際に使用したのは学校の食堂で、寮の食堂は敷地の壁を挟んだ裏側にある。

 朝と夜、および休日は寮の食堂、それ以外の昼食は学校側で出される事になっている。ちなみに、食堂は入り口の立て札で、食事可能時間内なのかが分かるようになっている。

「遅くなったけど、間に合ったね」

 用意されていたのは軽食で、パンとハムと野菜、それとスープだった。

「どう、片付いた?」

 先に寮に着いていたシェラは、余裕たっぷりに尋ねた。

「私はもうちょっとかな。シェラって家では、誰かにやってもらってると思っていたから、結構意外だわ」

 パンに野菜を挟みながら、相棒をちらりと見る。

「いやいや、自分でやってるよ。執事が沢山いる訳じゃないからね、自分の事は自分でね」

 苦笑いで答えた。シェラの家は一男二女で、次女である彼女にはあまり手が行き届いていないらしい。父親がそれを不憫に思ったらしく、シェラに良縁の結婚相手を探し始めた。だが、本人は余計なお世話とばかりに、この道を選んだと話してくれた。

 剣は小さい頃から護身用に覚えさせられた、ということだが、何が役に立つことになるか分からないものである。

「ご一緒させてもらっていいですか?」

 ラーソルバールの背後から声がした。

 二人とも予想外の出来事で少々驚いた。声をかけてきたのは同じ新入生だろう、小柄な黒髪の少女だった。

 口にパンが入っていたので、ラーソルバールは動きだけで「どうぞ」という合図をする。

 シェラも同様で、笑顔だけ向けて歓迎した。

「私はミリエル・オーバニティです。よろしくお願いいたします。ミルエルシさんの隣の部屋になったので、ご挨拶も兼ねてなんですが」

「……堅苦しいのは要らないです。こちらこそよろしくお願いします。これからラーソルって呼んでください」

 ようやくパンを飲み込んで、挨拶を返す。

 騎士学校に入り、人の繋りが増えていく。色々な縁があり、少しずつ糸が繋がっていく。その喜びをかみしめていた。

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