第二章 希望を胸に

(一)式典

(一)


 晴れの日、騎士学校入学式典。

 入学試験に合格したほぼ全員が出席した。当然、入学辞退者の姿はそこにない。

 授業料や生活費などは、ほぼ国費で賄われる事になっているが、それでも一部の個人負担金が用意出来ない者も入学を断念することになる。また、貴族にありがちな家督問題が解決しない者、入学試験に合格したという箔をつけるためだけに受験した者、などが辞退者となる。


 十日ほど前に試験を受けたばかりの者達は、それぞれの思いを胸に再度同じ場所に戻ってきた。皆が緊張した面持ちで、支給された制服を身に付けて集まっている。

 余談になるが、制服が届けられた日、夢にまで見た物を手にしてラーソルバールは飛び跳ねるように喜んだ。

 紺地に黄色い縁取りがされた制服は目新しいデザインでは無いが、騎士に憧れる子供達には十分な夢を与える物なのだろう。この夜、ラーソルバールは念願の制服に袖を通し、しばらくひとりで悦に入っていたのだ。その時、他人に見せられないような締まりのない顔をしていたのは、言うまでもない。


 話を戻す。

 入学式に際し、彼らが緊張する理由がある。

 王都に常駐している騎士団の団長が出席する他、来賓として宰相が毎回招かれる。また、騎士学校を所管する、軍務省のトップである軍務大臣は、必ず出席することになっている。

 国内の年次行事と言っても過言ではない。

 しかし、入学者達のお目当てが、憧れの騎士団長達である事に加え、入学者は家族を伴わないと規定されているため、政治的なものにはなり得ない。

 宰相アーデスト・ロイ・エイドワーズは、齢七十八を迎え、年内で辞任する意向を示しており、今更政争の火種となるような事をするはずもない。

「華やかだねぇ」

 魔法華と呼ばれる、花火に似たものが打ち上げられ、青い空を彩る。時折楽隊の試演奏が聞こえ、普段とは異なる雰囲気を醸し出す。

「美味しいお菓子の屋台でも出ていればいいのになあ」

 そうぼやくシェラに「市場やお祭じゃないんだから」と苦笑いしながらラーソルバールは答えた。

 憧れだった騎士学校に入学が決まり、気分はお祭りであることは間違いないのだが。


 入学者達は皆、誘導されて大きな施設へと向かう。そこは式典用に広く造られた建物で、二千人程が収容できると言われている。

 中央には入学者達の席が、来賓は奥の一段高い場所に席が設けられていた。

 入学者席は試験の際の受付番号順と決まっているようで、ラーソルバールは最前列に座る事になってしまった。

「ラーソル、また後でね」

 シェラはそう言うと、いそいそと自分の席へと移動し、着席した。最前列は目立つため、嫌だったようだ。中段より前目の位置から手を振っているのが見えた。

 手を振り返しつつ、目立たない場所でいいなあ、と小さく独り言を言うと、ラーソルバールもまた椅子に腰を下ろした。

 式典の開始前は賑やかだった入学者達も、席が埋まる頃には静かになっていた。

 時刻を告げる鐘の音が鳴り、皆が緊張の面持ちへと変わる。そして鐘が鳴り止むと、それを合図に楽隊の演奏が始まり、来賓が姿を現した。

 騎士団長らも登場したが、宰相や大臣の前で声を上げるのは流石に不敬であるため、入学者達は押し黙ったまま、目を輝かせた。目で追う騎士団長達は憧憬の対象であり、彼らにとっての英雄である。

 その人達に一歩でも近付く。熱い想いを胸に今日、ここから鍛練の日々を送ることになる。


 楽隊の演奏が終了すると、入学者達は起立を促された。

 まず一人の壮年の男が、壇上の壁面に飾られた国旗に向かい、深く頭を下げると、入学者達の方へ向き直った。

「諸君、入学おめでとう。私は当学校の校長を勤める、エイグスト・ドートスです。今年も未来の騎士達を多く迎えることが出来、非常に嬉しく思う。これから君たちは研鑽の日々となる。ここを巣立って行った先輩達に恥ずかしく無いよう、頑張ってくれたまえ。有難い話は、後の方々がしてくださるので、私の挨拶はここまでとする」

 温厚な雰囲気が有るが、威風堂々たる姿から、かつて立派な騎士だったであろうことはすぐに分かる。入学者達の中にも、校長としてではなく、騎士として彼の名を知る者も多い。

 校長と入れ替わるように、軍務大臣が壇上中央に立つと、入学者達を見回した。

「軍務大臣のエルガー・デシット・ナスタークである。諸君、入学おめでとう。これから二年の間、鍛練し己を磨き、陛下の為、国民の為、ひいては自身の為に立派な騎士に成って欲しい。長い話は面倒なので、挨拶はこの辺で終わらせる。皆の行く末を期待しておる。以上だ」

 いかにも元・武人らしい簡潔な祝辞で、入学者達を驚かせた。

 二十年程前、騎士団長だったという事は知られているが、それよりも若い者達にはあまり馴染みがない。ずば抜けた勲功がある訳でもなく、華やかさが有る訳でもないためだろう。

 だが、実際には堅実で思慮深い優秀な用兵家であったらしい。だからこそ、軍務大臣という内政官が務まるのだろう。

 ラーソルバールもかつての騎士団長の名は知っていたが、堂々たる挨拶を見て改めてその人となりを知りたいと思った。その思いが叶うのは、もう少し先の事になる。


 次に来賓、宰相エイドワーズからの祝辞となった。

 年齢を感じさせぬ明快な言葉で、挨拶と国内外の事情を理路整然と語った。

 国内は経済を中心に充実期にあること、隣国であるバハール帝国の皇帝が代替わりし、版図を広げつつあること、怪物や常闇の森の状況まで噛み砕いて説明した。

 常闇の森とはこの国と帝国に跨がる巨大な森で、現在でも開拓の手も入らず、怪物達の住処となっている。光が届きにくく、強力な怪物の存在も確認されているため、魔界の入り口に違いないと言われている。それらの要因から皆に怖れられ、この名が付いたとされる。

 宰相は最後に以下のように述べた。

「諸君らはこれから騎士になる。武を磨くだけでは足りない。騎士とは常に正しい情報を得て、国内外の情勢を知ることも重要なのだ。ただ戦うだけの存在であってはならない。武と知と優しき心を持って、初めて騎士となる。それを忘れるなかれ、怠るなかれ。諸君の未来をこの老人、楽しみにしておるぞ」

 宰相閣下のご要望は、文武兼備のということらしい。仰る事は理解できるが実践するのには苦労しそうだ。そう思いながら、ラーソルバールは老宰相をじっと見つめた。

 ふと壇上横を見やると、サーティス・ジャハネート団長がオリウス・ランドルフ団長に視線をやりながら、笑いを堪えているようだった。それを知ってか知らずか、ランドルフは少々きまりが悪そうな顔をしている……ようにラーソルバールには見えた。

 式は進み、宰相の祝辞を終えて次へと移る。


 王都に常駐している騎士団の団長が紹介されると、代表として第一騎士団の団長が、壇上中央に移動する。

「入学者諸君、おめでとう。今しがた紹介された通り、私が常駐騎士団のうちの一つ、第一騎士団の団長ドリステン・サンドワーズだ。列席しているオリウス・ランドルフ、サーティス・ジャハネートと、体調を崩してこの場に来られなかった、ホランド・ファンハウゼンの分も含めて、祝辞を述べさせてもらう」

 存在感と腹に響く声は流石と思わせる。世間一般でイメージされるであろう「騎士団長」そのままと言って良い。憧れの対象として、目標として他の騎士団長を上回る存在となっている。

「万能すぎてつまらない」

 かつて、ガイザと騎士団長談義をしたときのラーソルバールの評である。余りにも失敬な話だが、子供同士の話なので致し方ない。もっともそんな話が当人の耳に入る訳でもないので、何の問題も無いはずなのだが。

 とにかく何事にも優秀らしい。宣伝も兼ねた噂であるため、多少の誇張もあると思われる。

 サンドワーズは話を終えると、もとの場所に戻った。

 次の瞬間、ラーソルバールは自らの耳を疑った。

「入学者代表、ラーソルバール・ミルエルシ。壇上にて宣誓を」

「ほぇ?」

 突然の事に、裏返ったような高い声を上げてしまった。小さな声だったので、それほど響いてはいないのが幸いだった。

 事前に何も聞かされておらず、状況が理解できていない。とりあえずは、なるようになれと割りきって、大きく「はい」と答えた。


 案内されるまま、正面左手に用意された階段を上り壇上中心に移動すると、袖にいる進行役の身振りに従って、入学者達を背にして奥に飾られた国旗に向きなおった。

 国旗に一礼すると、顔を上げラーソルバールは大きく息を吸い込んだ。

「我々入学者一同、国王陛下、我が国、そして国民のため、正しき事に剣を振るい、悪しき者からの盾となることを誓います」

 声は建物内で反響し、皆に届けられた。

 宰相や大臣、騎士団長らに礼をすると、逃げ出したくなる気持ちを押さえつつ、慌てずに自分の場所に戻った。

 お偉方を前にして、宣誓文言は短いながらも思った事を間違うことなく言えたので、役目を果たせたのではないか。内容については、お叱りが無いとは言えないので、安心できないのだが。


 後になって聞いた話だが、入学試験の成績上位者、それも恐らくは最上位の者が毎年宣誓する事になっていたらしい。その時になって初めて、自分の試験結果が宣誓をさせられるような順位であった事を知ることになる。


 それを知っていたのか、件の侯爵家の息子、グレイズは自尊心を傷つけられたように、宣誓を終えたラーソルバールを睨みつけていた。一瞬、視線が合ったが、大事な式で問題を起こすのは、向こうも本意では無いだろう。ラーソルバールはわざと気付かぬ振りをして視線を戻した。

 宣誓を終えた後も式は滞りなく進行し、恒例の騎士学校の校章授与が行われた。

 剣と本をモチーフにした校章デザインは、見た目そのまま両方を「学べ」という意味なのだろう。

 さほど時間もかからず全員に渡されると、皆が校章を手に、ようやく入学を実感したかのような表情を見せた。

 最後に、進行役の声に合わせて敬礼すると、式は終了し解散となった。

 式中は終始起立状態だったが、これで疲れたと言っていては騎士にはなれない。

 誰もが口を開かず、建物の外へと出ていく。

 最前列に居たラーソルバールは、退出する人の流れのまま列の最後となってしまった。

 退出の瞬間、強い視線を感じて振り返ると、壇上に居たサーティス・ジャハネートと目が合った。彼女はニヤリと笑うと、腰に当てていた手を水平に伸ばし、ラーソルバールを指差した。

 彼女の口元が少し動いたようだが、遠すぎて何を言ったのかは聞こえず、意図するところは分からなかった。

 ただ、それが自分に対する何らかの意思表示だという事だけは理解できた。ラーソルバールは礼を失する事の無いよう彼女に軽く会釈してから向き直ると、入学者達の流れに続いたのだった。


 表に出ると、ふわっと優しい香りが飛びついてきた。

「お疲れ様。宣誓、格好良かったよ!」

 シェラの笑顔を見て、ラーソルバールはようやく張りつめていた気持ちが解れるのを感じた。

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