(四)共に一歩

(四)


 模擬戦も終わり、残すは魔法適正試験のみとなった。

 これは体内に宿す魔力の質と量、および制御能力を測るものである。

 一口に魔法と言っても、幾つかの体系に分かれており、その使用者も用途も異なっている。騎士達が主に用いるのは、そのうちの神聖魔法と呼ばれるものである。

 神聖魔法は主に神官が使用する魔法で、回復や、加護と呼ばれる強化付与など、戦闘においては補助的なものが多い。「体内の力を、神の技によって顕現させている」と、教会は布教する際に喧伝している。だが学者達の間では、実際に神が関与しているのか、という議論に事欠かない。

 また、信仰する神や宗派によって、若干使用する魔法が異なっている例もある。それが本当に異なる神から力を与えられたからなのか、年月の積み重ねによる派生なのか、現在では誰も分かる者はいない。神の力を感じるという事が、理論上どういうものなのか、誰も分からないというのが本当のところだろう。


 次に挙げるのは「古代魔法」や「近代魔法」などと俗称される強力な魔法類。魔術師と呼ばれる者達が主として使用する魔法がこれにあたる。その内訳は攻撃魔法から、防御魔法、幻術、死霊術、付与術、召喚術など多岐にわたるもので、それぞれに特化した術者も存在する。


 三つ目は、近代魔法の手順などを簡易化した、もので、「汎用魔法」または「共通魔法」と呼ばれるもの。

 手軽に魔法が使用出来るようになった反面、その効果は古代魔法や近代魔法に劣る。だが、鍛練すれば、大抵の者が扱えるようになるため、そこそこの広がりを見せている。


 四つ目が、精霊使い達が使用する精霊魔法。精霊の力を借りる、または直接精霊を召喚するなどして、行使する魔法だ。精霊との繋がりが薄い者は困難であったり、時には精霊と契約することも必要となるなど、課題が多く、使用する者は少ない。


 最後に、伝説や伝承、英雄譚などを歌い上げる吟遊詩人。魔力を乗せて曲を奏でたり歌うことで、それに見合った力を発生させるというもの。当然だが、歌が主体となるため、歌い手としての資質が重要な要素となり、効果を左右することになる。


 これらの様々な形態の魔法は、使用を重ねて鍛練することにより、体内にある魔力を変質させていく。

 次第に、鍛えられた系統の魔法に特化するようになり、他の系統が扱いにくくなる、という傾向がある。


 適正試験においては、魔力の質に偏りがないか、ということも重要になってくる。

 試験自体は両掌を胸の前で少し離して向かい合わせ、真ん中に魔力で球体を作り上げる、という単純なものだ。単純であるが故に、良し悪しがはっきりと出てしまう。

 制御が出来ない者は、球体がいびつになり、体内の魔力量が少なければ、球体が小さかったり、すぐに消滅したりする。質が悪ければ、球体の色が薄かったり明滅したりと安定しない。

 試験では、この魔力球は虹色がかった白が素地として良いとされている。他系統の魔法のに適正が向いていたり、既に鍛練していたりした場合には、この色が赤や青、黒といったように変質してしまっている。

 神聖魔法の鍛練を積むと、純粋な白色へと変質していく。

 そのため、騎士になるには他に大きく偏った魔力は好ましくない、という審査基準がある。

 但し、若干ではあるが、他系統の魔法を操る特異な部隊も存在するため、完全に否定される訳でもない。


 これらの審査内容は、事前通知されていないため、試験で困惑する者が多い。

 そもそも、魔法使用に慣れていない者は制御すらできず、基本である魔力球さえ作れない。

 今までの試験を終え、疲労した身には慣れない魔法使用は相当堪える。ここまでの試験によって蓄積した疲労のため、集中できずに苦労する者も多かった。

 そんな中、魔法を得意とする者達は、難なく試験を終えていく。


 グレイズはさも当たり前のように即座に終了させると、フンとひとつ鼻を鳴らして席を立つ。そのまま周囲を眺めていたが、ラーソルバールが視界に入ると激しく睨みつけた。

 先ほどまでの出来事で、完全に敵視するようになったのだろう。そんな事は知る由もないラーソルバールは、友人達の様子を心配そうに見詰めていた。

 だがラーソルバールの心配などどこへやら、シェラは若干白色の強い美しい球体を作り上げて、即時に試験を終了。ガイザも苦労はしたものの、無難な球体を作り、笑顔で終わる事ができた。そしてラーソルバールはというと……。模擬戦闘の出来を考慮されたのか、一番最後に行うようにと通達されていた。

 いざ順番となると、当然だが注目が集まってしまい、本人は視線を気にしつつ非常にやりにくそうに試験を始めた。

 周囲が固唾かたずを飲んで見守る中、ラーソルバールは眉間にシワを寄せながらも、虹色に光る大きな球体を作り上げて、試験を終えることが出来た。

 本人いわく「魔力制御なんてほとんどやったことが無いので、非常に焦った。むーん、という感じで頑張った」という事らしい。球体が完成した際に、周囲がどよめいたので失敗したのかと思った、と付け加えた。

「最後の締め、ご苦労さん」

 ガイザはラーソルバールの肩をポンと叩くと、安心したのか自身も大きく息を吐いた。こうして悲喜交々、色々な思いが交錯する試験は全て終了となった。

 あとは試験の結果発表まで、食堂で待機ということになっていたのだが……。


 食堂で椅子に座るなり、ラーソルバールは開口一番「疲れた!」と言って、テーブルに突っ伏した。

「こらこら、お行儀が悪いよ」

「疲れたもん。精神的に!」

 シェラの苦笑いを軽く流すと、顔を上げ顎を机につけて文句を言った。

「試験だから気が張るよな。でもこういう気の抜けたところも見られてるかもしれないぞ」

 ラーソルバールは眉をしかめて「むー」と唸ると、ガイザを睨みつけた。

 そんな視線に気付かぬふりをし、ガイザは顔を背ける。

「まあ、そんなんじゃお前は落ちないだろうけどさ」

 ガイザはそのまま周囲を眺める。シェラはその意味するところを察した

「そうだね。ラーソルは大丈夫。と……少し人が減ってるね」

「途中で諦めて帰った連中が、結構居るからな。俺に大言壮語していた奴も、途中で帰っちまったらしいな」

「それってゲイル?」

 テーブルに突っ伏したままの姿勢は変えない。

「ああ。来る前には『俺が騎士団長になって、お前をこき使ってやる』とか言いやがって」

 ラーソルバールは思わず吹き出した。

「言いそうだわー」

 話を聞いていて、不思議に思ったのかシェラが口を開く。

「その人は冗談で言ってたんじゃないの? どんな人か知らないけど」

「いやあ本気だよ。他人の事は言えないけど、金満貴族のろくでなし馬鹿息子でね。オーカス卿って聞いたことあると思うけど」

「……ああ! 領地内に主要街道があるのを良いことに、かなり酷い通行税を取ってるとか言う……。」

 何となく察したように、シェラは苦笑した。


「そういや、もう一人の馬鹿は?」

 思い出したようにガイザが続けた。

「フォッチョが来るわけないでしょ、昨日たまたま道で会ったら『大臣になったら、お前を妾にしてやるから、有りがたく思え』と言う位だもん、大臣狙いで、騎士には興味ないでしょ」

 言うなり、ラーソルバールはむくれた。

 即座に相手を睨んで、追い払っただろう事は、想像に難くない。

「あれが大臣になったら最悪だわ。って…ええと、フォッチョってのは、エンガス卿の馬鹿デブ息子ね」

 今度はシェラのために、説明を入れることを忘れない。かなり酷い言い様ではあるが。

「エンガス卿? あー、袖の下局長か」

 公務の消耗品購入の際に、商人から賄賂を受け取って私腹を肥やしている、という噂のある貴族である。

 今のところ証拠が上がらず、そのままとなっている。当然評判は良くない。

「二人ともラーソルにご執心でね……」

 呆れたようにガイザが話を続けると、ラーソルバールはムッとしたように起き上がった。

「会えば妾だ側室だのと……、失礼でしょ!」

「本妻ならいいのか?」

「そこじゃない!」

 そのまま笑っていたら、危うくラーソルバールから、拳骨を食らうとところだった。

「仲がいいねぇ。」

 二人を見てシェラは微笑んだ。

「そんなことない!」

 二人が同時に否定したので、思わず三人で笑ってしまった。


 ひとしきり笑って落ち着くと、シェラはハーブが僅かに香る茶を美味しそうに飲み、クッキーをつまむ。ラーソルバールも続くようにクッキーに手を伸ばした。

 ほのかに甘いクッキーは、疲れた体には特別なご褒美だった。

「さて、全部終わったし、ゆっくりお茶とお菓子を満喫しようか」

 そう言うガイザも、クッキーには目がない事をラーソルバールは知っている。

 ラーソルバールは、一個目のクッキーをお茶で流し込むと、シェラの顔を見つめた。

「何かついてる?」

 視線に気づくと、シェラは慌てて口の回りに手をあてる。

 そんな仕草を見て、ラーソルバールは満面の笑みを浮かべた。

「ううん、違うよ。いい一日だったなぁって」

 試験の他に、良い友ができた事が嬉しかった。 今日だけでなく、この先も一緒に居てくれるといいな、純粋にそう思えた。


 暫し歓談した後、鐘の音が城下に響いた。

「さて、合格発表の時間だぞ!」

 ガイザは待っていたかのように立ち上がった。

「そんなに気合入れてると、落ちた時恥ずかしいよ」

 そう言うラーソルバール自身も、待ちに待ったその時が訪れ、高揚が抑えきれずにいた。

 対照的にシェラは不安を隠すような、どこかぎこちない笑顔を作っている。

「大丈夫。シェラだって、手応えは有ったんでしょ。筆記だって良かったみたいだし。浮かない顔してると、くすぐっちゃうよ!」

 ハッとした表情で、ラーソルバールに向き直るシェラ。

「ダメダメ! 私、くすぐられるの弱いの!」

「何と! ……ひっひっひ、ほらいくよー。」

「イヤー、やめてー!」

 この賑やかさも、鐘の音が響いた後では周囲の喧騒に紛れ、人目を引くものにはならない。

 皆が不安を押し殺していたのだろうか。鐘の音が期待と不安を混合し噴出させたようで、そこかしこから奇声や雄叫びのようなものが聞こえ始めた。

 慌しい人の流れは、合格発表が貼り出される正門近くの学舎前へと向かっていく。

 何かを呟きながら歩く者や、自信満々に胸を張って歩く者。それぞれが試験を終え、誰もが違った思いを抱えている。

 流れに続いて歩いていくと、間もなく合格発表の掲示場所に着いた。


 掲示には四桁の数字が、いくつも列記されていた。

 受付番号三番。

 先頭から探すことで、ラーソルバールはすぐに自分の番号を見つけることができた。

 番号を見つけた瞬間、今まで手を伸ばしても届かなかった、どうしても手に入れたかった物に、ようやく指先が触れる事ができた気がした。

 こみ上げて来る喜びの感情を抑えきれず、人に気付かれぬよう小さく拳を握った。そして、共に新たな一歩を踏み出す仲間たちが、笑顔に変わる瞬間を見て胸を撫で下ろすと、明日から変わるかもしれない生活に、思いを馳せていた。

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