(三)牙竜将

(三)


 やんやの歓声を受け、シェラが恥ずかしそうに元の場所に戻ってくると、近くで大きな歓声が上がった。

 人の隙間から覗くと、ガイザが善戦していた。打ち込まれる剣をすべて受け止め、受け流している。なかなか反撃の機会を与えられないが、後退もせず、踏ん張っていた。

「おー! すごいすごい!」

 戦いの様子を見て、シェラは跳び跳ねて喜んだ。仕舞いには、周囲につられて「いけっ!」「今だ!」と叫んでいた。

 ガイザは好機を得て三度目の攻撃を繰り出したが、受け流されると、体勢を崩した所を仕留められた。対戦相手の騎士に、良くやったというように肩をポンポンと叩かれると、苦笑いして引き上げてきた。

「お疲れ様。凄かったね!」

 シェラに誉められガイザは「どうも」と短く答えると少々顔を赤らめた。

「あの…」

 続けてシェラが何かを言いかけたところで、また歓声が上がる。

 皆の視線の先には、グレイズと名乗った少年がいた。騎士も手を抜いているのかもしれないが、互角に戦っているように見える。

「あ、ただの口先だけの、嫌な奴じゃなかったんだ……」

「知ってるのか?」

「朝、受付の時にひと騒動あって……」

 剛直と言えるような、前へ踏み出していく戦い方は、彼の性格そのものなのだろう。更に訓練をすれば、ここに居る現役の騎士達をも凌ぐ強さを手にする事は想像に難くない。

 しばらく打ち合っていたが、「そこまで」という声で戦いを終えた。

「悔しいけど凄いなあ。彼が一番かな」

 不遜な態度を崩さずに、引き上げてくるグレイズを見て、シェラが唸った。

「違うと思うよ……」

「え……?」

 ボソッとガイザが呟いたのを聞いて、シェラは驚いて視線を戻した。

「ああ……そうそう、さっき君が言いかけてたことだけど、何だったの?」

 先程の事を思い出したように、ガイザが訊ねる。

「ガイザさんが仰っていた、剣の比較対象が何とか言うお話、途中だったので気になって」

 ああ、と呟くとガイザは気恥ずかしそうに、頭をポリポリと掻いた。

「身近に、一太刀も入れられないような奴が居るから、自分が強いとは思えなかったんだ」

 この人でもそんな相手が居るのか。それがグレイズよりも強いという人なのだろうか。どんな人なんだろう、シェラは少し気になった。

 それなりの戦いをする者も居たのだが、グレイズの戦いを見た後では、誰もが不甲斐なく見えてしまい、特に歓声が上がることもなく、周囲は静かになっていった。


「お、ラーソルの番だ。」

 受付前の騒動を見たのだろうか、まばらながらも声援が聞こえる。

 遠くから開始の合図が聞こえ、同時にラーソルバールが動くのが見えた。その直後に高い音が響くと、僅かな間を置いて、カランという乾いた音がした。

 剣が弾かれて、転がった音だった。

「あらら……」

 彼女の試験が終わってしまった。シェラは残念な気持ちでガイザを見やると、彼は口を開けたまま試験の様子を見つめていた。

「おーい、疲れたのか?交替するぞ」

 模擬戦の向こうにいた騎士が叫んだ。声を掛けられた騎士は、しきりに首を傾げている。何か納得いかない様子で、そのまま剣を拾い上げると下がっていった。

 周囲も静まり返ったままで、出来事を静観している。

 あれ、おかしいな。シェラは首を傾げた。

 良く見ると、ラーソルバールは剣を握ったまま立っている。では、剣を落としたのは騎士の方だったということか。出来事をあまり理解できずに見ていると、交替した騎士が彼女の前にやってきた。

 騎士は剣の感触を確かめるように何度か素振りし、軽く準備を行う。それが終わるのを待って、再び開始の合図が発せられた。

 今度は開始直後に騎士が動きラーソルバールに切りかかったが、すぐに軽い金属音が響くとともに再び剣が宙を舞った。

「あはは……」

 突然、ガイザが笑い出した。

「俺が弱い訳じゃなかったんだな」

 受験者達が押し黙ったままでいるお陰で、ガイザがつぶやいた一言が良く聞こえる。シェラも今度はちゃんと見た。ラーソルバールが攻撃を剣で受けて相手の剣を絡め取ったのだ。

 多くの受験者には理解できていないかもしれない。こんな少女が、そんなことをするなどとは誰も思わないはずだ。目の前で起きている光景に、胸が高鳴るのを感じた。

「お前ら、何やってんだ」

 向こう側で、同時に行われていた試験を眺めていた大柄な男が、ラーソルバールの所までやって来た。模擬戦の相手をしていた騎士の頭を小突くと、拾いあげた剣を奪い取った。

「すまんな、嬢ちゃん。ヘッポコどもに替わって俺が相手させてもらうぜ」

 ラーソルバールに相対して、大男は髭面に笑みを浮かべた。

「牙竜将……!」

 ガイザが驚いたように声をあげる。その大男が第二騎士団の団長、オリウス・ランドルフの異名だということは、騎士を目指す者であればほぼ誰もが知っている。

 牙竜将の登場に受験者達は盛り上がり、あちこちから歓声が上がる。

 何かまずいことになってないだろうか。シェラはラーソルバールの試験がどうなるのかと不安を募らせた。

「嬢ちゃんは良い技使うな。ただな、あれだけじゃ試験にならねぇ」

 シェラからは横顔しか見えないが、彼女は何となく笑っているように見える。この状況を楽しんでいるという事だろう。

 斧の名手として知られる牙竜将だが、剣の腕も一流と言われている。そんな相手に不安は無いのだろうか。見ている側のシェラさえも、緊張してしまう。


 二人が剣を構えると、すぐに開始の合図が出された。

 一瞬の間を置いて、ラーソルバールはしなやかな動きで突っ込んだ。 ランドルフは待っていたかのように、タイミングを合わせて横に薙ぎ払うが、ラーソルバールはそれを潜り抜けると、下から上へと切り上げた。

「うひょぉ!」

 攻撃をぎりぎりで避けきったランドルフは、感嘆の声を漏らす。

 勢いを殺さず、横から上へと振り上げられたランドルフの剣が、唸るように振り下ろされた。ラーソルバールは、それをランドルフの反利き手側に飛んで避けると、着地したその足で切り返し、勢いを乗せて切りつける。

 ランドルフがそれを受け流すと、ラーソルバールはまるで舞うかのように、優雅に三回剣を振るった。

 いずれも剣でかわされたが、最後の一撃の反動でラーソルバールは後ろに跳んだ。それは、見ている者を惹き込むような出来事で、ランドルフの登場による先程までの歓声が、嘘のように静まり返っていた。

「あのさ……、俺がどうやっても勝てないのは、あいつなんだ」

 ガイザがすっきりしたような、嬉しそうな表情で、二人の戦いを見つめている。

 そうか、ガイザの言うもっと強い人って彼女だったのか。シェラは驚きつつも、納得した。


「本気でやって下さい。私もこれから本気で行きますから」

 ラーソルバールが満面の笑みを浮かべた。

「な……、本気じゃなかったのか」

 ランドルフが驚きの声を上げた。今までのものでも、入学前の受験者としては十分過ぎるレベルだったはずだ。しかし、まだ隠しているものがあると言う。それが見てみたくなった。

「……心得た!」

 嬉しそうな、しかし腹に響くような、体格通りの豪快な声だった。

「行きます!」

 そう言うと、ラーソルバールは一気に距離を詰め、斬撃を放つ。

 初撃は受け止められたが、勢いのまま後方に回り込み、切り下ろす。だが、それも紙一重で避けられた。

 二人の動きは先程よりも明らかに速い。素人目にもそれは明らかで、剣を合わせている側には、違いはそれ以上に感じる事だろう。

 その後も、次々と剣撃の応酬が繰り広げられた。旋風かと思わせる剣と、それを可能にする動き。ラーソルバールの無駄のない美しい動きに、シェラは魅せられた。言葉も出ぬほど集中し、いつの間にか拳を握りしめていた。

「うはは、それをかわすか!」

 軽快に、そして楽しそうな声が響く。

 気合いを入れた一撃が、軽々とかわされたのが、余程痛快だったのだろう。

「牙竜将…楽しんでるな……」

「ラーソルもね」

 視線は逸らさず、ガイザとシェラは言葉を交わした。

 ランドルフが踏み込んでから放った三発の強烈な突きを、ラーソルバールが全て軽々と受け流すと、周囲がどよめいた。

 ラーソルバールはランドルフが腕を戻すタイミングに合わせて懐に飛び込むと、体を捻りながら物凄い速度の一撃を繰り出した。その剣がランドルフの鎧をかすめ、小さな金属音を発した。

「まだもう一段階上があるのか!」

 辛うじて半歩下がって直撃を避けたが、肝を冷やした様子だった。更にその言葉を裏付けるかのように、恐ろしい速度の連撃が放たれる。

 瞬間、ランドルフに隙ができた。

(今だ!)

 勝負の一撃を繰り出す、その瞬間に踏み出した足が小さな石に乗る。ラーソルバールは足に踏ん張りが利かずに、姿勢を崩してしまった。

「しまっ……」

 立て直そうとした時に、強烈な横薙ぎが襲ってきた。

 何とか剣で受け止めたものの、鍛え上げられた大人の力を、少女の小さな体が止めきれるはずもなく、大きく弾き飛ばされた。勢いを殺せず、片手をつきながらなんとか着地に成功した。剣を受けた瞬間、自ら後方に蹴って力を逃がしていたので、この程度で済んだが、それが出来ていなかったらどうなっていたか。

 それでも、手が痺れて剣を持つのが辛い。無理かな、と思いつつもラーソルバールは意を決して剣を握りしめた。

「そこまで!」

 終了を告げる声が聞こえた。

 突然の終了を一瞬理解できず、ラーソルバールは固まった。一回大きく息を吸って言葉の意味を飲み込むと、ようやく胸を張って背を伸ばす。と同時に受験者達が沸き上がった。惜しみ無い拍手と、賛辞が飛び交う。

「ふぅ……」と大きく息を吐くと、ラーソルバールは笑った。

「楽しかったぁ」

 戦闘で楽しいなどというのは不謹慎かもしれない。怪我はするかもしれないが、殺傷能力のない練習用の武器で行う模擬戦だからこそ、そう思えるのだろう。本当の命のやり取りなら、そんな感覚は微塵も湧いてこないはずだ。

 深々と頭を下げて礼をする。

 大きく息を吐いたあと、ラーソルバールは頭を上げて振り返る。次の瞬間、あっという間に受験者の渦に飲み込まれてしまった。


「馬鹿ランドルフ! アンタ、か弱い娘に大怪我させるつもりかい?」

 ラーソルバールが歓声で迎えられる脇で、ランドルフは罵声を浴びせられていた。

「華奢な娘だが、か弱くねぇだろ、あれは」

「あん? アタシみたいに線も細くて、可愛らしい娘じゃないか」

 笑いながらうそぶくのは、九つの騎士団のうち唯一の女性騎士団長である、サーティス・ジャハネート。

 いや、少なくともお前は違う。言葉にはしなかったが、ランドルフは顔に出るほど否定した。

 鎧を纏っていなければ、大人の女を体現したような姿だが、女性的な体つきの下には、そこらに居る男では敵わぬほどの筋肉が隠されている。『赤い女豹』の異名を持つ所以である。

「あの子が正騎士になったら、うちに欲しいねえ」

「今はまだ剣は軽いが、二年もすりゃあ、誰も勝てなくなる。どこでも欲しがるだろうさ。それにな……」

 そう言いつつ、今まで使っていた剣を部下に渡すと、大きく右肩を回した。

「あれ、多分まだ隠してるぞ」

「……嘘だろ?」

 ジャハネートは絶句した。

「楽しみだろ?」

 ランドルフの巨躯が嬉しそうに揺れた。

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