(二)友と

(二)


 筆記試験の次は体力試験となっていた。

 短距離走、腕立て、重量引きなどが行われた。

 ラーソルバールは、短距離走で全体の三番目と、順調な滑り出しをしたが、腕立てはなんとか基準五十回クリア、重量引きは全体の丁度真ん中程度と筋力的にはそこそこ、という結果に終わった。

「中々厳しいね」

 シェラが大粒の汗を額に浮かべ戻ってきた。

「どうだった?」

「ダメダメ。短距離走は真ん中より上、腕立てはクリアしたけど、重量引きは中の下くらいかも」

 腕で大きくバツを作り、苦笑いで答えると、つられるように、ラーソルバールも苦笑いで返した。そして、二人で合わせたようにため息をついた。

「お昼を食べて、心機一転。頑張ろうか!」

 拳を握りしめ、気合いを入れる。

「食欲があるだけ、体力も気力も残ってるってことだよね」

 ため息をついたのもどこへやら、シェラの顔にも笑顔が戻った。


 運動の後の食事も、試験のひとつと言われている。

 運動によって食欲が減退するようならマイナス。そもそも少食であれば、騎士としての体作りや、成長に支障が出ると考えられている。

 貴族の箱入達にとって体力試験は中々きついものらしく、音を上げる確率が高いという。仮にそこで耐えても、食事を終えるまでに脱落する者も少なくない。

 今年も昼前までに、一割程が試験から去ることになった。

 覚悟はしていても体がついてこないという事を、身をもって実感したに違いない。

 受験者達の昼食は、騎士学校の食堂で提供されることになっており、個人が用意するのではない。

 貴族による華美な食事の持ち込み規制や、食事が用意出来ない者達を救済する事を目的としている。皆が平等に食事を摂ることで試験に影響が出ないように、という配慮が根本にある。

 また、入学後も皆が平等に同様の食事を摂ることになる、という事前告知のような意味合いも有る。

 盛り付け量は個人の申告で増量できるようになっており、育ち盛りの胃袋を満たすのに十分な量を確保している。 見た目は華美ではないが、宮廷料理人に学んでいるというだけあり、味の方はかなり良いと評判である。


「このパン美味しい! 外がカリカリで、中がしっとりしてて、バターの良い香り」

 噂に違わぬ食事の出来に、ラーソルバールはやや興奮気味に感想を述べた。

「家で作れないかな」

「うちには大きな竃がないからなぁ。シェラの家にはあるの?」

「うちの窯も、そんなに大きくないな」

 同世代の女の子と、何気ない会話をするものも楽しい。近所に年の近い女の子が居ないため、こういう機会は初等学校以来だった。

「こんなスープ初めて!」

「美味しいよねこれ」

 別の席からも感嘆の声が上がる。

 舌の肥えた貴族の子女も居るだろう。その人たちはどう思うだろうか。

 高級食材を使用している訳でも無く、極めて素朴な料理なのだが、下ごしらえや調理の方法が一般的なものとは異なるのだろう。

 ラーソルバールは食通ではないので、気の利いた味の表現などできない。だから素直に「美味しい」と言う。その一言が、厨房に居る料理人に届けば、喜んでもらえるんじゃないか。そんな風に思っている。

 疲れも吹き飛ぶのではないかと思える程、食事が美味しく楽しい。

 一人ではないからなのだろうか。舌鼓を打ちながら、会話を弾ませた。だからといって、父との食事が味気ないわけではない。友達と食べるのは、また違った喜びがある。

 二人は気が合ったようで、試験日にも関わらず色々と話し、食事が終わる頃には、すっかり仲良くなっていた。

 実際に試験官が食堂に居たかどうかは分からない。だが、残さずしっかり食べたので、特に減点を心配する必要もないはずだ。問題があるとすれば、会話に気を取られすぎ、多少お行儀が悪くなってしまった事だろう。

 もしかしたら、そちらで減点されるかも、と冗談を言い笑い合った。

「次はラーソルお待ちかねの戦闘試験だね!」

「お待ちかねじゃないよ。練習はしたけど自信は無いし…。えっと……昼食後は校庭に集合って言ってたよね」

 食べ終わった食器を配膳カウンターに戻し、受験票の所持を確認してから、次の試験場である校庭に向かう。

 二人が校庭に着いた時点では、受験者はまだ半数程しか集まっていなかった。

「もう少し、ゆっくりしてても良かったかな」

「そうだね。デザート増量してもらえばよかったね」

 甘いパイを、美味しそうに頬張っていたシェラの姿を思い出して、ラーソルバールは思わず吹き出して笑いそうになってしまった。


 試験は模擬戦闘で、剣か槍か斧のいずれかひとつを選んで用いる事と決まっている。これは事前告知されており、皆そのいずれかの武器を鍛練してこの場に臨んでいると言っていい。

 試験で使用される武器は模擬戦闘用の特注品で、戦闘中に誤って死亡させたり大怪我をすることがないように、木材を基本として作られている。

 例えば剣であれば木材の中に鉄芯を入れ、刃物部分を鉄板で覆うなどして実用性を重視しながらも、本来の武器らしい形を損なう事なく作られている。鉄板による強化で、刃の部分を交錯させても折れたり欠けたりする事無く、受け止めや受け流しも可能にしている。

 騎士学校入学後の戦闘訓練でも、これと同じ物が使用されている。


 遠くで試験官が試験用の武器を用意しているのが見えた。

「片刃の剣あるかな?」

 ラーソルバールがボソッと呟いた。

「ああ、いつも片刃を使ってたもんね」

 そんなところまで、シェラに見られていたとは思いもしなかったので、少々驚いた。ラーソルバールは気恥ずかしさもあり、小さな声で、「うん」とだけ言って頷いた。

「よう、ラーソル。やっと見つけた」

 背後から少年の声がした。

 呼ばれて振り返ると、見知った人物がそこにいた。

「ちゃんと来てたんだ」

「……どなた?」

 一緒にいたシェラは良く分からず、思わず聞いてしまった。

「近所のお馬鹿……」

「ひどいだろそれ」

 少年は苦笑した。

「俺はガイザ・ドーンウィル。あなたは?」

「あ、すみません。私から名乗るべきでした。私はシェラ・ファーラトスです、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく」

 黒髪の少年は恭しくお辞儀をした。言葉遣いはラーソルバールとの間柄もあるのだろう、かなり砕けた口調になっている。だが、その優雅な動きは、礼儀作法をしっかりと身に付けている者のそれだ、ということが感じ取れた。

「え、ドーンウィル様って、結構偉い方でしたよね……」

「んー、まあそこそこ。でも俺は相続も爵位も期待出来ない三男坊だから、騎士になって食い扶持稼がないといけなくてね……」

「なれないんじゃない?」

 ラーソルバールはガイザの言葉に、やや被せ気味に切り返すと、ニヒッと悪戯っぽく笑った。

「それは分かんないだろ。剣の腕を爺は褒めてくれるけど、兄貴達はからっきしだから比較対象が無いからな。何より……」

 言いかけたところで、集合の合図である笛が鳴った。

「こちらに番号の書かれた木の立て札があります。筆記試験の部屋番号に合わせて分かれて下さい」

 校庭の数ヵ所に札が立っており、ぞろぞろと人が移動を始める。

「また後で、俺は六番だ。そっちは?」

「三番だよ」

「私は、四番です」

 互いに握り拳を突き合わせ、健闘を祈った。


 戦闘試験は現役の騎士が相手となる。

 戦闘中の魔法使用は禁止されており、使用した場合には即時失格と決められていた。

 防具は軽い金属製の鎧と兜が、武器は前述の模擬戦用の物が用意されていた。

 告知通り、直剣および大剣と、戦斧、手斧、槍からひとつを選んで使うよう指示され、更に盾も使用して良いと説明された。

 これら選択可能な武器は、騎士団として制式採用している武器の種類と同一である。個人の裁量で勝手な武器を使用すると規律が乱れるうえ、部隊としての統制が取れず、戦術も立案しにくい。こういった不都合を排除する為、制式武器は種類を限定している。

 余談になるが、騎士団によって武器種の偏りがあり、得意とする武器によって卒業後の配属先が決まる傾向にある。


 この時点での受験者達には、自身の得手不得手が明確ではないのだろう。試験では、扱いやすい直剣を選択する事が多いようだ。

 名を呼ばれると、受験者達は武器を手に現役騎士に挑んでいく。ある者は軽くあしらわれ、またある者は一撃必殺とばかりに突撃して避けられ、地に伏した。逆に、運よく二、三合と打ち合うと歓声が上がる。

 少年少女と現役の騎士では、大きな実力差があるというのは分かっていたが、もしかしたら何とかなる、という淡い期待を抱いていた者も少なくない。

 だが、軽々と倒されていく同年代の受験生達の姿を見て、それも次第に薄れていく。どこまで持ちこたえるか、それが焦点になりつつあった。


 意外に早く、シェラに順番が回ってきた。

 それだけ受験者達が、軽くあしらわれているという事なのだろう。

 シェラは直剣を手にし、開始と共に体を低くして切りかかった。

 体の大きくないシェラの動きは、騎士の虚を突くことに成功し、うまく先手を取ることができた。その勢いのまま十回程度打ち込んだが、半数が避けられ、半数が受け止められた。

 間を取られて逆に打ち込まれた一撃は何とか受け流したものの、二撃目は受け止めきれずに弾き飛ばされ、戦闘を終えた。

 騎士達が手を抜いているのは明らかなのだが、それでも敵わない。

 数年後にはここに居る受験生達もやがてそこに至るのだろうが、年齢と経験、そして体格の差を埋めることは中々に厳しい。それを身をもって痛感したのだった。

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