ハンザキ刀のお恵み

@yakoko

第1話


 むかしむかしの春の里山、朝早く。娘が山菜取りにやってきた。


 娘は麓の釜戸かまど村、百姓の家の生まれで名前もちょうど季節と同じ「ハル」という。

 歳は数えで14歳。


「もう採られてる…」

 あたりにはまだ小さい、残しておくべき草や芽くらいしか残っていない。


 釜戸村は去年の長雨のせいで稲の実りは芳しからず、村人たちは厳しい冬を過ごした。暖かくなり山の恵みに頼れるようになっても人々はまだ、飢えをしのぐために必死なのだ。


「しょうがない、べつのところを探そう」

 ハルは小さな谷を一つ越えたところへと向かった。

 その尾根の上には、ちょうどハルの腰の高さくらいまでに石が積まれている。

 積み石の向こう側は村の死者を埋葬する場所となっていた。

 その中には戦乱で村が襲われた時に戦った者、今年の春を迎える前に飢えで亡くなった者もいる。

 ハルは積み石に向かって手を合わせた。


 祈りを終えて目を開くと、ふと妙な気配に気づいた。

 積み石の傍から黒い塊が這い出て、こちらに向かってくるのが見える。

(蛇…?)

 ハルは反射的に身構えた。

 それはゆっくりと近づいてきた。よく見るとそれは想像していたよりも大きな生き物だった。


(ハンザキだ…!)        


 ハンザキは重たそうな体を引きずりながら斜面を下りていく。

 それにしてもこんな場所でハンザキに出会うとは。

 その異様で愛嬌のある姿にハルは目が離せない。


 ハルは山菜採りはやめて、ハンザキを追うことにした。

「うまいこと捕まえられたら……どうやって料理しようかなあ」

 食べることに苦労してきただけあって、ハルも食い意地が張っていた。


 ハルはぬめった平べったい体に苦戦しながらも、なんとかハンザキを籠に収めた。籠を背負って家路を急ぐ。


 あと少しで雑木林を抜けようというところで、ハルは籠が軽くなっていること気づいた。

 籠の中をを覗くと湿った落ち葉だけが残っている。

 重さに慣れていたとはいえ、あんな大きな生き物がいなくなったことに気づかないなんて。

「どうやって出たのよ…」

 ちょうどその時、山側から童女が髪を振り乱して駆けてきた。

 童女はハルに目もくれず、道の先をすぐ折れて木立の間に隠れてしまった。

 ハルはその姿に懐かしさを覚えた。童女を知っている気がした。

 ハルが何かを思い出そうとしているうちに、その道の先で何かを激しく打ったような鈍い音が響いた。


(あの子に何か起きたのでは)

 後を追い道の先を折れると、その正体はすぐに現れた。


 男が刀を握って立っていた。

 刀身からは血が滴っている。

「……!!」

(逃げないと…!)

 しかしハルの足は恐怖のために思うように動かない。

 踵を返そうとした時には既に間に合わなかった。


 ハルの首は胴から離され地面に転がった。

 首から下は道の脇へ、頭は雑木林へと投げ込まれた。

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