第2話

 ハルの瞳は木々の隙間から漏れる青空を眺めていた。

 胴体から離れてもハルの意識は不思議と消えていなかった。

(こんなところで辻斬りに遭って死ぬなんて……)

 一人で先に山菜を採ろうとしたり、四つ足の生き物を食べようとしたからバチが当たったのだろうか。

(ならさっきの子はどうなるのよ。かわいそうに、あの子も私と同じように…)


 それから半刻ほどの時が経った。

「……!お前、なんで…!?」

 道の方から男の叫び声が響いた。

 また誰かが通りがかったのだろうか。


 ハルの頭はいまだにはっきりとしていた。

 なんと様子を見ようと失った首から下を動かそうとまでした。

 もちろん動かせるはずはない。

 動かせるはずはなかったのだが、

(いや……!腕がある!)

 失っていたはずの右腕は確かに地面を掴んでいた。

 左の腕も元通りに生えていて、首筋を撫でると斬られたような痕もなく、ちゃんと背中と繋がっていた。

 両足も指の先までしっかりと動く。

 これはどういうことなのか。

(…斬られたのは幻だったのかな)


 ハルは低木の陰から一瞬、辻斬りの男の姿を捉えた。男は慌てているようにも見える。

 先ほどの叫び声も奴のものらしく、何者かと対峙しているようだがこちらからはよく見えない。


 男は相手に打ちかかる。

 キンと金属の打ちあう音が響いた。今、男に狙われている者はおそらく武器を持っている。


 ハルはこうやって隠れたまま逃げることもできた。

 もしハルをが助けを呼びに行く間に、今戦ってる者が斬られてしまったなら元も子もない。

 その慌てぶりから辻斬りの男が劣勢のようにも見える。

(ならいっそ今、二人がかりで倒した方がいいのかもしれない)

 ハルは腰に下げて来た小さな鎌で一気に切りかかれないかと考えた。

 しかし腰に手を伸ばすと下げてきたはずの鎌がなかった。それどころか

(何も着ていない!)

 この時ハルはどういうわけか泥以外になにも纏っていなかった。


「この化け物め!」

 男が相対するものに向かって叫び、相手に向かって刀を振りかざした。

 相手は甲高い叫び声をあげた。まだ若い、女の声だった。

 あまりのおぞましさにハルも思わず声を上げてしまう。

 男はそれに気づいたらしく、こちらに目を向けた。


 ゆっくりと近づいてくる。

 見つからないように手足を縮めようとすると、かえってガサガサと音がして気配を覚られかねない。

 ハル堪えることができず、立ち上がった。その瞬間、目の前にいた男は苦痛に顔をひどく歪めた。



 先ほどまで男に斬られたと思われた女は、まだ生きていた。敵の背後から迫り、鎌で後頭部を打ったのだ。

 男はその一撃では倒れず、向き直り女に斬りかかろうとした。

 しかし今度はハルの方が、背後から男の足を押さえ付け倒した。

 その隙に女が鎌で辻斬りを滅多打ちにした。


 二人に血飛沫が降りかかる。

 ハルは目を背けていた。


 やがて男は動かなくなった。

 鎌を持った女も動きを止めた。


 そこでようやく二人は顔を見合わせた。

 あたりの暗さで今まで隠れていたその顔はハルが見覚えあるものだった。

 口元のホクロの位置が逆であることを除けば、それは水面に映した時に見た自身の顔と全く同じだった。

 一方は髪を振り乱し、もう一方は全裸。姿はだいぶ違ってはいたが、顔は確かに瓜二つだった。


 この時、二匹のハンザキが二人のそばを横切り、水辺へと這っていった。

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