キジトラの猫

神崎赤珊瑚

キジトラの猫

 いま、ぼくは、炎天下で猫の死骸を引き摺っている。

 ぼくを攻撃してきた、たちの悪い猫である。

 引っかかれた傷、噛まれた傷、傷に汗が滲んで痛む。

 スラックスが破れて血が黒く固まっており、白いシャツも血の飛沫が飛び散っており、なまじ安くはないものだけに、破綻は一層ひと目を引いてしまう。

 もちろん、死体をそのまま引き摺るのは目立って仕方ないので、ゴミ袋に入れてある。熱っされたアスファルトの上を、見せしめのようにゆっくりと引きずっていた。

 引きずると、成猫とはいえ一匹とは思えない重さだった。手に紐が食い込んでいる。時折、手を換える。

「暑ちぃ……」

 思わず声に出てしまうほどに暑い。

 朝、と言うにはもう遅いが、それでもまだ九時は回っていない。

 JR駅に続く住宅街の道、自分以外の姿はない。

 すでに、照りつける日差しが、暴力的なレベルに達していて、ぼくの歩みは少しだけふらついていた。

 地方都市の更に衛星都市。

 ベッドタウンにもなり残った、なにもない街。

 昭和じみた錆びた町並みは、その実、その機能をほとんど果たしていない。どの店が開いているのか、すでに店舗はやめてただの住居なのか、それともすでに廃墟なのか、その水準で区別が曖昧であった。

 人間の全般活動が鈍っている、滅びは見えているのに、回避するだけの活力がなく、だらだらと滅び続けている。そういう場所だった。

 あと五分。

 あと五分歩けば、駅につく。

 そうしたら、こんな呪われた場所まちからは脱出出来る。

 もう、こんな街とは、生まれたこと以外の縁は切った。

 引き摺る猫の死骸を放り出して、冷房の効いた電車にのって、どこにだっていける。




 ぼくは、この街で、女を殺して埋めた。

 何が原因だったのか。今となっては全く覚えていない。夏の夜半に女のアパートに訪れて飲んでいた理由さえも、今となっては曖昧だった。

 確かに、女から幾ばくかの借金はしていたし、

 女の客を顔が気に入らないと因縁つけてカツアゲしたら、相当の上客だったらしく、本気で怒られたりもしたし、

 機嫌が悪いだけで殴りつけたりしたこともあった。

 ただ、生まれた地区が同じで家が近く、歳が同学年で学校も同じだけだった小柄で痩せぎすで癇性もちの女とは、腐れ縁でなんとなく繋がりが続いていただけだった。

 首を、締める。力を入れて、喉を潰すように、首を締める。

 人を殺すのは、殺したのは初めてだった。

 いつか誰かを殺すかもしれない、という予感は常にあった。

 女の首を締めていてる最中にも、このままやり遂げてしまえば、重大な結果をもたらすことは自覚しており、しかし、だからと言って止めようという気には全くならなかった。

 ほどなく、女はただの肉の塊と化した。

 人を殺して、だからといって、特に何かが変わった気はしなかった。

 死に顔を見ても、普段とは全く違う苦悶の表情で固まったままの、かつての女の顔とは思えなかった。

 特に感想と言えるものは何もなかったが、ただ少しだけ、この女がついに一生不幸だった、という事実が確定してしまったことだけは、多少哀れに感じた。


 ぼくにはいささかの運があった。

 親が早くに自殺してくれたおかげで、施設に引き取られ、更生プログラムに掛かることができた。お人好しで口はよく動くが手間取ることは何もしない教師や、吝嗇ケチではあるが金さえ絡まなければ博愛に満ちた施設長などの、素晴らしい大人たちに囲まれて、幸い持って生まれた地頭も悪くなかったのだろう、地元のそこそこの進学高に入り込み、そして、誰かのお金で地元の国立大学に行くことができた。

 就職も、問題なく決まり、再来年からは地元の地方銀行で働くことになっていた。

 とはいえ。素行が良くなったのは表向きでしかなく、ガキの頃からの付き合いは、継続していた。

 就職先に地銀を選んだのも、そのロクでもない内実を知りつつ、一番地元を効率的に食い物に出来るからだ。そのための人脈も、すでに構築しつつある。


 だが、最近のぼくには、いささか運が無い。

 手指に細かい怪我をする(これは、地元で不幸の連鎖の始まりとされるよくないジンクスだ)。

 暑いのが苦手なのに、とにかく暑い。今年は、記録的猛暑だった。

 弟が、無免で勝手にぼくのバイクを乗り回し、コケて全損させてしまった。本人が全く無傷なのがなおムカつく話だ。

 彼女は妊娠したと言い出し、金は出すと言ってるのに、それでもなお、生むと言って聞かない。あと半年で別れるつもりなのに。

 殺すつもりなどまったくなかったのに、女を殺してしまった。

 そして、猫に殺しを見られていた。


 女のアパートで、女の死体を前に、女の死体の始末の算段をしていると、

『――ッ!』

 猫が、短く鋭く、威嚇するように鳴いた。

 女が飼っていた、右前肢だけが真っ白なキジトラで、目立つ緑の首輪で、首を絞めているさなかから、遠目にじつとこちらを見ていた。

 ほんの少しイラッときたが、なぜかそれ以上に胸のあたりがゾッとした。瞳が煌々と金色に光っている。

 猫は可愛いものだが、この猫は全く可愛くない。それに首輪がブランドものの高級品であるのが気になって仕方なかった。近所で生まれたから貰ってきたような雑種の猫に着けさせるものではない。金の使い方を相変わらず知らない女だ。

 女は自分のアパートで不特定多数の客をとっており、しかし、その手の風俗関連を仕切っている地域の反社会勢力の皆さんに仁義を通すだけの頭もなかった。

 だから。ぼくが殺さなくてもいつか碌でもないことにはなっていただろうし、おそらく姿を消したとしても、誰も気にはしないと思う。県警だって、死体でも出てこない限り、こんな素行の悪い女が一人行方不明になったところで、真面目に捜査しないだろう。

 女の両親は五年前に消えている――たぶん、似たような事があったのだろう。大した理由なく、誰かに消されてしまったのだ。今回と同じく。

 そういえば、おそらく捜索願を出す立場に一番近いのは、ぼくだった。

 生まれが同じ地元病院で、小中と一緒の幼馴染で、恋人関係でこそないが、天涯孤独の女を気にかけてたまには連絡をする間柄だ。

 いっそ、ぼくが出してしまっても面白いか、と苦笑いしかけたところで、

『――ッ!』

 また、猫が神経質そうに、攻撃的に短く鳴く。

 ああ、わかった。

 この胸に湧き上がる冷たい感覚は、たぶん恐怖だ。

 ぼくは、この成猫になりかけの小動物が怖いんだ、と。

 そして、その原因は、多分自覚していなかったが、人を殺して、精神が高ぶっているのだ。他者による観察や敵意に過敏になっている。

 真夏だと言うのに、ワイシャツスラックスのサラリーマンスタイルで暑さを全く感じていなかった。平静にでいたつもりが、それでも張り詰めていたのだろう。

 少し、落ち着こう。

 とりあえず、ネクタイを外す。

 飲みたくもなかったが、持参していたかばんの中のぬるくなったペットボトルに口をつける。

 多少なりとも、気持ちを落ち着かせてことを運ばなくてはならない。

 女の車は、中古の黒いミニバンで、人間の死体をなるべく他者に見つからぬように運ぶには適している。そして、幸いにも今は夜更けだ。

 あとは、埋める場所だ。

 見つからないように埋めなければならない。

 女が街から勝手に消えた失踪事件と、女が哀れにも絞殺された殺人事件では、警察での扱いの一切合財が変わってくる。前者のままで、少なくともぼくの寿命の間は通ってもらわないと困る。

 不法投棄を組織的にやってる連中を知っているが、そこに便乗した場合、奴らがしくじった場合に巻き添えを食ってことが露見する可能性がある。

 さてどうするか。

『――!』

 また、猫が鳴く。しかし、先程ほどは心に刺さらなかった。気持ちが落ち着いてきたのだろう。

 窓を開けておけば、そのうち勝手に外へ逃げるだろう。

 それよりも。ぼくにとってとても不都合な肉塊の始末をつけなくてはならない。

 女の死体は、首を絞めて殺すと、体液なども色々漏れ出すと聞いていたので、シーツやらビニールやら毛布やらで何重にも厳重に包んで、ガムテープで巻けるだけ巻いていた。

 包んだ塊ごと持ち上げても、肩に担いで持ち運ぶことはできた。

 ぼくは社会的に良い顔するために、あちこちで農協の米袋三十キロ袋を担ぐことがあるのだけれども、小柄な女はそれとあまり変わりない程度の感覚だった。

 思うに。女は、それでもぼくのことを仲間と思っていたふしがあったが、ぼくは、まったくそうは思っていなかった。その差が、この結果になったのかも知れない。

 今となっては、いや、今でなくともどうでもいいことだが。

 処分については、安直ではあるが概ね安全な方法を思いつきはしたので、死体をアパートから運び出すことにする。


 この街の山間部に、女のアパートから女の車エルグランドで二十分程度走ったところに、目当ての場所はあった。

 答えはシンプルだった。

 誰かが掘り返すことを恐れるなら、誰も掘り返せない場所に埋めてしまえばよいのだ。

 要するに、ぼくの持っている地所に埋めればいい。

 ぼくに容疑が向かない限り、ぼくの地所の捜査は裁判所が令状をださないが、捜査されて死体が出てこない限り、ぼくに容疑が向くことはまずない。

 国道から結構細い道を登って出る、坪で言うなら百坪程度の土地が、ぼくの名義になっていた。

 身寄りのない知人が亡くなったときに、一応は合法の形で相続したものだ。山間部にあっては貴重な比較的平らな土地だったが、奥地過ぎて使い道に困っていた部分もあるので、渡りに船とも言える。

 ここに女を埋めて、明日にでも業者を呼び、土地に鍵を付けた囲いを設置してしまえばよい。実際、山登り客の無断駐車が絶えなかった場所でもあるので、その対策といえば道理も立つ。そして、別荘を建てるとでも称して敷鉄板や石材などの資材を運び込んで放置して蓋にしてしまえばいい。別荘自体はいつか建ててもいいし何時までも建てなくてもいい。

 他者の気配など、国道まで戻ったってほとんどないけれども、それでも慎重に、明かりを使うことなく作業を完遂させるつもりだった。

 シャベルを握り、穴を掘ってゆく。

 この手の作業は比較的慣れていた。高齢者に取り入るために、力仕事は自ら進んであちこちでしている。

 散々苦労して、どうしようもない地元で顔を売って、様々な下らない人間たちに取り入って、ようやく少しずつ報われ始める時期に、こんなどうでもいい殺し一つで足を取られてたまるものか。

 月だけが頼りの闇の中、熱帯夜の熱気に、シャベルを入れるたびに汗が散る。

『――シィッ!』

 猫の怒り声が静寂の底から湧き上がってきた。

 見覚えのある金色の瞳が、闇の中を滑ったかと思えば、

「痛ッ!」

 右の手の甲に走った痛みに、思わず声が出た。持っていたシャベルを取り落しはしなかったものの、手の中で重みが随分増した。

 猫に襲われるような恨みを買ってる覚えは、一件しかない。

 こいつは女の猫だ。そうにしか見えない。連れてきた覚えはなかったが、車にでも入り込んでいたのだろうか。

 右前肢だけが真っ白で緑の首輪のキジトラが、月下に鋭い目でこちらを睨んでいた。


 女を埋める作業は程なく終わった。

 今、山でするべきことは片付いたので、女のアパートに女の車で向かっている。猫に襲われたのは、想定していなかったアクシデントであったが、室内で育てられた猫などが、道具を持った人間に叶うべくはない。

 なおも、飼い主の無念を晴らそうと、復讐を企てた飼い猫は――あえなく、シャベルでの頭部への一撃であっさり動かなくなった。

 正直、人を殺すことより後味は悪かった。

 猫の死体は、女と一緒に並べて埋めてやった。

 普段の運転は、もう少しスピードを出すのだが、万が一にでも警察に目をつけられるわけには行かないので、過剰な程の安全運転であった。

 それでも油断があったのかもしれない。

 前方すぐを横切るものに気づいた時にはブレーキが間に合わなかった。

 急停止の途中にハンドルに伝わる軽い手応えに失望を覚える。

 まだ、山間の国道だ、狸でも轢いてしまったのだろうか。

 ハザードを出して路肩に寄せ、丸まるように動かない小動物を見た瞬間、背筋に怖気が走る。

 猫だった。

 キジトラの、緑の首輪をした、

 確かに埋めた筈の女の飼い猫だった。

 ありえるはずがない――いや、埋めた時にはまだ死んでおらず、気が付かない間に逃げ出したのかもしれない。山道なら獣のすばやさでショートカットすれば、まだこのあたりなら追いつくかもしれない。確率が極めて低かろうが、まだ、ありえないことではない。

 別の猫の可能性は、それ以上に低そうだった。ありうるとすれば、悪意ある誰かが似た猫と同じ首輪を複数用意して嫌がらせを仕掛けている場合だが、そもそも今日ぼくがここにいることも、女を殺したことも、そしてその後始末をしていることも、知っているのはぼくと女だけだ。

 女が死んだことは確認してある。息を吹き返すことは考えられない。

 曖昧なのは猫の生死確認だけだった。

 つまるところ、殺しきれなかった猫が、いつかのタイミングで逃げ出し、山の斜面を転がるように先回りして、ぼくの車の前に現れた。そういうことなのだろう。自分でも無理な推論とわかっていたが、それでも無理矢理納得することにした。

 ぼくは、そう決めつけると、今度こそ猫が死んだことを念入りに確認する。死体を雑木林の奥に放り投げ、軽く土をかけて隠すと再び車に乗り込んだ。


 痕跡を消しておくために、女のアパートに戻り、ぼくも手をつけた酒やつまみ、タバコの吸殻などを、雑にゴミ袋に詰め込んでいく。

 殺人事件化さえしなければ、露骨な矛盾が表れない程度でいい。あくまで、女が行き先を誰にも告げず失踪した事件、そうでなくてはならない。

 もともと部屋があまり片付いておらず、散らかり方にも脈絡がなく、僕の感覚からはゴミ屋敷一歩手前であるので、自分に関わる事項だけを取り除けば充分だ。

『――シャアッ!』

 一通り確認のために見て回り、部屋を出ようとしたとき、それまで気配もなかったのに、殺気を纏った猫が突如飛び出してきた。

 膝下に飛びつかれる。

 噛まれたのか、えぐられたような痛みが背中を突き抜けた。

 ありえない。

 ありえない。

 ここに、居るわけがない。

 ちゃんと殺したのに。

 ちゃんと死んだのに。

 飛び退ったキジトラの猫がこちらを見据えていた。

 さすがに確信した。

 こいつは、あの猫で間違いない。女の猫が女の復讐を果たそうと幾度も蘇っているのだと。


 この猫は、きちんと処理しなくてはならない。


 足の痛みをこらえ、猫に飛びかかる。

 身の軽いはずの猫は、意外にもたやすくぼくの手の中に捉えられる。

 首を、締める。力を入れて、喉を潰すように、首を締める。

 飼い主と同じ場所で、同じように首を締められた猫は、同じように声も出さないまま、同じように全身から力を失ってゆく。

 また、殺してしまった。

 不愉快な感触も、後味の悪い感じも、同じ繰り返しなのに、ヒトのときよりもずっと強い。


 こいつは二度も生き返ったのだ。

 また、生き返るかも知れない。


 生死の確認をしなければならない。

 し続けなくてはならない。


 生き返ってしまった時にすぐに手に伝わるよう、紐で猫の死体の首を二重に絞めてぶら下げたままゴミ袋に入れ、しっかりと口を縛る。

 紐はずっと握ったままだ。

 こいつのことは見たくはないが、こいつのことは見張らなくては駄目だ。

 車の助手席に投げ入れると、また山にでかける。

 もう、冷静さは残っていなかったようにも思う。

 行き帰りの記憶は定かでもないが、死体を投げたはずの雑木林の奥にも、掘り返した女の傍らにも、必死に探したにも関わらず、あるべきはずのものはなかった。

 胸に冷たいものが満たされていく。

 だったら、死んだままの死体を自分で管理しなくちゃならない。死んでることを、確実に死に続けていることを確認し続けるのだ。

 再び女のアパートに車で戻ってきた頃には、もう夜は明けていた。


 家に帰ろう。

 一度そう思ったら、その考えに囚われてしまった。

 今の住居は、この生まれた街ではなく、県庁所在地にある大学のそばの、知人名義の分譲マンションだった。

 あそこに戻りさえすれば、なんとでもなる。

 女のアパートから、駅まで徒歩で十五分。車社会なら、駅に近いほうだ。誰かを呼ぶのは簡単だが、誰も呼べる状況ではない。

 すくなくとも、この街を出るためには歩くしかなかった。

 猫に襲われ怪我した格好も目立つが、気温も早くも不快な程に上昇している。日差しも刻々強くなってきている。

 あの気味の悪い猫は、手放さない。手元に死体を置いておき、死んだ状態のまま見張らなくなてはならない。

 それでも、決意する。

 猫の死体と、炎天下を駅まで歩く。

 それが、最善の行動だ。

 決めたら行動は速かった。

 アパートに飛び散ったぼくの血はウエットティッシュであらかた拭き取る。手足の怪我も、なるべく目立たないように水で血を流した。

 破けた服も、ほころびや違和感はあっても、なんとか異状を見咎める程ではないところまで整える。

 本当は、猫の死体を収める適当な大きさのバッグでもあればよかったのだが、もちろん用意はしていないし、女の部屋にも適当なものはなかったので、多少は引き摺ることを覚悟の上で、ゴミ袋の上からガムテープで補強しておく。手持ちでは辛いが、担ぐには余裕な重さであるが、さすがに担いで死体あれと密着するつもりはまったくない。

 新米リーマンみたいな格好でゴミ袋を引き摺っていたら目立つだろうが仕方がない。

 自分で立てた方針を脳内で確認する。

 まだ、ぼくの行動に破綻はないはずだ。まだ、正気は幾分残っているはずだ。

 そう、自分に言い聞かせながら、女のアパートを出た。




 いま、ぼくは、炎天下で猫の死骸を引き摺っている。

 ぼくを攻撃してきた、たちの悪い猫である。

 死体を何重にも重ねたゴミ袋に入れ、熱されたアスファルトの上をゆっくりビニールの紐で引きずっていた。

 これさえなければ、もっと早く歩けるだろうに。

 引く重さだけでも、猫とは思えない重さだった。手に紐がきつく食い込んでいる。

 駅に向かう道で、駐輪場なども見えてくると、さすがに寂れたこの街でも、ぱらぱらと人通りが出てくる。

 強い日差しに頭が痛くなる。少し意識が朦朧としてきた。

 セミが強く鳴いている。

 手にかかる重さが、更に増したようだ。

 手応えが少し変わる。袋が破れたのだろうか。

 すれ違う通行人の反応が少し妙だった。

 袋を引き摺る男の姿は、やはり滑稽なのだろうか。

 スラックスの内布が汗で張り付いて、とても歩きにくい。

 また、引き摺る抵抗が強くなる。

 さすがに、おかしい、と気づいたが、もう遅かった。

 通学途上の高校生が悲鳴を上げた。

 紐を強く引いても動かなくなった。

 呼吸まで苦しくなっていた。顔面からは滝のような汗が滴っていた。

 人が、集まってくる。

 わかったよ。これが、あの猫の最期の復讐か。

 

 ぼくは、炎天下で、女の絞殺死体を引き摺っていた。

 

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