最終話

 千鶴が亡くなってから、一年が経った。一年前の今日、亨の祖父の手術は失敗に終わり、千鶴も亡くなった。しかし、それから亨の祖父は順調に回復していき、今では退院して、趣味の社交ダンスに復帰した。



 亨は宿泊会の頃に起きた千鶴のことをきっかけに、見違えるように変わった。わがままボタンのことは黙っていたが、源と春原に千鶴と自分のことを打ち明け、第三班の四人は特別な絆でつながることが出来た。あとからわかったことだが、第三班は、千鶴の口利きで決定した班だったらしい。合格してから、同じクラスの人間を調査して、選りすぐったそうだ。つまり、第三班は千鶴が作ってくれた縁というわけだ。



 亨たち三人は、宿泊会で訪れた城山市立青少年自然の家へとやってきていた。広場の掲揚台を見ると、一年前の記憶が鮮明に蘇る。



「確か雄大、あの時かなり張り切ってたよね」

「そりゃあ、男はやっぱりこういうのでかっこつけないと!」

「源くん、かっこつけようとしてたんだ。だとしたら、失敗かも。源くんどんどん先にいっちゃうから、ついていくのに必死だったよ」

「あの時のことは本当に悪いと思ってるよぉ」



 大仰な素振りで、源が春原に拝み倒す。



「うそ、別に怒ってないよ」

「なんだよー気にしてるかとおもったぜー」



 亨たちは一年前のことを思い出しながら笑いあった。しばらく談笑したあと、ふと源が口を開いた。



「そういえば、広場で初めて千堂と会った時、春原が何かに気付いたみたいで、それをみて千堂と二人きりでなんか話してたよな」

「そんなこともあったなぁ。私ね、千鶴ちゃんのこと見たことあったんだよ。私、体が弱かったからちょくちょく病院行ってて、その病院で自分と同い年くらいの女の子が点滴スタンドを連れて歩いてたから、見入っちゃって。そしたら向こうもこっちの視線に気付いたみたいで、会釈してくれた。千鶴ちゃんに呼ばれて二人になったときは、病院でのことは、周りに秘密にしてるから黙っててね、って言われた」



「千堂も体弱かったのか。なんか、俺すげー申し訳ないことしちゃってたなぁ。もう少しゆっくり歩けばよかった」

「でも、私も気になることある。花畑で問題解いた後、源くん、千鶴ちゃんと二人で何か話してたでしょ?」

「あー、あの時はほんとビビった。いきなり、私はもうすぐ死んじゃうの。でも死んじゃう前に亨くんに告白しようと思ってるから、もしも私と亨くんが集合場所とかにいなかったら、点呼の時頑張って言い訳してねって」

「源くんはそれすぐに信じたの?」

「そりゃ信じるよ。俺は疑うことより、信じることから始めるからな!」

「殊勝な心掛けだけど、もう少し冷静な感じでいられなかったの?」

「嘘をつくのはあんまり得意じゃないんだよー」



 思い出話もほどほどに、亨たちはオリエンテーリングで自分たちが歩いたルートを辿り始めた。施設の人に頼んで、花畑よこにあった木の傍に千鶴のお墓を立ててもらった。骨は入っていないが、気持ちだけでも、千鶴があの場所で眠っていて欲しいというのが、三人の願いだった。

花畑に着くと、一年前に簡易的に建てたお墓は、綺麗なまま残っていた。きっと施設の人が管理を欠かさず行っていたのだろう。亨たちは色鮮やかな花畑を背に、お墓の前で手を合わせた。



「千堂、お前のお陰で亨が素直ないい子ちゃんになってくれたぞ」

「ちょっと、雄大なんだよその言い方」

「でも確かに、一年前とはすごく変わったよ、蓮見くん」



 一年の間に起きた出来事を千鶴に報告して、帰路に着くことになった。



「それじゃ、そろそろ帰るか」

「そうですね」

「あ、僕まだやりたいことがあるから、二人は先に帰ってていいよ」



 ここに残ると言った亨に対して、二人は特に詮索することなく、了承した。亨は二人と別れを告げ、再び墓前に向き直った。ポケットから、新調した母子草のドライフラワーの瓶と、記憶帳を取り出して、そっと置いた。



「母子草、花言葉は知ってるよね。それと、記憶帳はもう必要ないから、ここに置いていくよ」



 手を合わせ、瞼を閉じた。

少しして目を開け、空を見上げた。空は千鶴の性格をそのまま映したような、雲一つない快晴だった。

 亨は先に帰った二人の後を追うために、墓に背を向け、一歩を踏み出した。



「ありがとう、千堂さん」

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