帰省

 久々に帰ってきた地元は、なんだかジメジメしていて息が詰まる。

 お婆ちゃんの肩に謎の腫瘍が出来たって連絡が来てから数ヶ月、私は2年ぶりに実家に帰ってきたのだった。


 先日、クラブで会った雑誌のライターさんに、地元の異常者について話したばかりなので、少しだけ気分が重い。

 自分は、この村が嫌いだった。だから都内に出た。

 車もない私は、とりあえず駅から歩いて30分ほどかかる家まで暴力的な日差しを受けながら歩く。

 ふらふらと歩いていると、例の交通事故のよく起こる十字路に新しい花が添えてあるのが見えた。


「まーた誰か死んだのか」


 長い横断歩道を渡りきったと思ったら、カラカラカラ…と乾いた音が耳に届く。

 なにを蹴ったんだろう…と目を落とすと、みずみずしい花が添えてあるアルミ缶が転がっていた。


「チッ…供えるのはいいけど端に寄せとけよ」


 ひき逃げ犯の目撃者は知りませんか?と描かれた看板に向かって思い切りアルミ缶を蹴飛ばす。

 バンっと派手な音がして缶は凹んで、活けてあった花がひしゃげた。

 ちょっとスウッとした気持ちで家に向かう。


 今、祖母は入院しているらしい。

 切除したはずの腫瘍が取りきれてなかったのか、同じ場所が大きくなってしまったので検査入院をすることが今朝決まったのだと母からのメールで知らされた。


 みんな出払っていて家にはいないと聞いている。鍵…どこだっけな…。

 地面からも空からもむっとするような暑さが漂っている。早く家の中に入ってクーラーを付けたい。


 隠してある鍵を探すために、庭を横切って車庫へ向かおうとした。


 その時、家の中に動く影を見つけた気がした。


 カーテンが全開になっている我が家は家の中が丸見えだ。なんだかんだ言っても本家なので大勢の人が集まれるように庭から一階の間取りがほぼ見えるようになっている。

 こういう時、昼間なのにカーテンを閉めて家の中を隠すのは、見せられないようなことをしているからだというクソみたいな田舎の風習は便利だなって思う。

 

 姿勢を低くして屈み込むようにしながら、そろりそろりと家の中を覗く。


 居間、床の間、台所と大きな窓がある部屋を順に見ていくけれど、誰かいる気配はない。

 家の北側にある私の部屋と、祖母の化粧室も一応見たほうがいいよね…。気のせいだったかもしれないって思うけど、地元は異常者が多いから気をつけるにこしたことはない。

 祖母の化粧室も、この前誰かに石を投げられて窓にヒビが入ったっていうし…。

 来た道を戻るようにして、庭を出た私は、家の半分を囲うように建っているブロック塀沿いをそろりそろりと歩く。

 台所の裏口でブロック塀は途切れている。そっと裏口の扉に耳を当てる。


 なんの音もしない。


 台所の裏口の前から、車庫の入り口までは生け垣が植えられていた。祖母が手入れをしていないから雑草が伸び放題だし、低木もモサモサと繁っている。

 生け垣の外側にある道は、大きめの砂利が敷き詰められた農道だ。ここは足音がものすごく響くので誰かが歩くとすぐわかる。

 私は慎重に足音を建てないようにしながら、自分の部屋を見た。


 窓と生け垣の間には伸びた低木の枝が突き刺さるように生えていてとても覗けそうにない。


 つま先立ちをして窓の端から家の中を見てみるけど誰もいる気配はなかった。

 祖母の部屋の前は、生け垣にしている低木がより一層伸びていてとてもじゃないけれど中を覗けそうにない。

 

「これだけ見て大丈夫ならきっとさっきのは気のせいだよね」


 少し大きい声で独り言を言って足音をたてながら玄関へ向かっていく。

 万が一忍び込んでいる人がいたとしても、これで隠れるか出ていってくれるだろう。

 いや、そんなわけはないのかもしれないけど。なんとなく安心したかった。


 鍵の隠し場所は、父が使っている車庫の前に並ぶ植木鉢。

 右から三番目にあるサボテンが植えてある茶色くて大きな鉢の下だ。

 

 もし鍵がなかったらどうしよう。


 不安になりながら植木鉢を持ち上げると、鍵は無事に鎮座していた。

 ほっと胸をなでおろして玄関に向かう。

 鍵があるならきっと中に誰もいない。


 一気に気が楽になった気がして、磨りガラスの張られたやけに重い引き戸に手をかけて思い切り開く。


「ただいまー」


 誰もいないのはわかっているけど、大きな声を出しながら家に入る。

 こうすると、家の守り神?が中に人がいることがわかって、家の人を守りやすくなるって祖母が言っていたからするようになった。

 信じてるわけじゃないけど、小さな頃からの癖はなかなか抜けない。


―ピロピロピロピロ


 は?


―ピロピロピロピロ


 電話が鳴り響いた。

 固定電話の音を久しぶりに聞いてビックリしてしまった私は、土間から出てすぐの茶の間から響く電話を凝視した。


―ピロピロピロピロピロピロピロピロ

 

 電話は鳴り続いている。

 家族…は私の携帯電話にかけてくるだろうし、居留守を使おう。

 訛りの強くて耳が遠いお年寄りと話す羽目になったら嫌だし…。


 靴を脱いで、玄関に鍵をかける。

 暑かったから、飲み物でも飲もう。


―ピロピロピロピロピロピロピロピロ


 台所に向かい、冷蔵庫の中の麦茶をコップに注いで飲む間も電話は鳴り続ける。


―ピロピロピロピロピロピロピロピロ


 電話のディスプレイを覗いてみる。

 コウシュウデンワと表示されているのでやはり無視をしよう。


―ピロピロピロピロピロピロピロピロピロピロピロピロピロピロピロピロ


―ピロピロピロピロピロピロピロピロ―ピロピロピロピロピロピロピロピロ


―ピロピロピロピロピロピロピロピロ―ピロピロピロピロピロピロピロピロ


「あー!もう!うるさいな」


 これだけ執拗に電話を続けるということはなにか大切な要件があるのかもしれない。

 母の携帯の充電が切れて、公衆電話からこっちに電話をしているのかもしれない。

 

 根負けしたようでなんだか悔しい気持ちになった私は、三杯目の麦茶を飲むのをやめて、乱暴にコップをテーブルに置いた。


―ピロピロピロピロピロピロピロピ…


「はい、もしもし…石島です」


 受話器を耳に当てながら、苛立った声で話しかける。


「…あの、石島ですけど、なにかごようですか」


 なにも聞こえてこない。電話に出ないと思って席を外してるのだろうか。


「もしもーし」


 しばらく呼び続けても、受話器からはなにも聞こえてこない。

 どういうこと?ボリュームがおかしいだけで、実はなにか話してる?と耳を澄ませたことに私は後悔した。

 

―スーハー…スー


 微かに呼吸音が聞こえる。


―ピッ 


 無言電話だ。

 わかった瞬間に電話を切っていた。

 心臓がバクバク音を立てる。

 久しぶりだから余計にそう感じた。

 あの時は麻痺してただけだけど、やっぱり無言電話は気持ち悪いものだ。

 これが頻繁にかかってきていたってのはおかしいよ。


 受話器を電話機本体に投げつけるように置いて、気を紛らわせたくて茶の間を離れた。

 クーラーを強めにかけて障子をあけて居間に向かう。

 ゲームでもしよう。

 そうすれば、電話も気にならないはずだ。


―ピロピロピロピロピロピロピロピロ


 ゲームを開始して数時間。屋根の真上にあった太陽はもう落ちかけている。

 夕日が廊下の窓から差し込んでいた。


―ピロピロピロピロピロピロピロピロ


 そろそろカーテンをしめようかな。


―ピロピロピロピロピロピロピロピロ

 

 ゲームを一時中断して、座椅子から立ち上がる。


―ピロピロピロピロピロピロピロピロ


 4つ並んでいる大きなガラスの引き戸全てにカーテンを閉めて、祖母の化粧室、自分の部屋のカーテンも―ピロピロピロピロピロピロピロピロ閉める。


―ピロピロピロピロピロピロピロピロ


 二世帯住宅になっている実家は、二階が良心の生活スペースになっている。


―ピロピロピロピロピロピロピロピロ


「うるさい!」


 なんで電話をすぐに切らないのかも、無言電話だとわかっていて無視しないのかもわかった。


―ピロピロピロピロピロピロピロピロ


 この電話は出るまでずっと鳴らしてくるからだ…。


「何年嫌がらせしてんだよ!いい加減死ねよキチガイ!」


 数回は電話に出るたびに罵倒をして、受話器を本体に投げつけるようにガチャンと電話を切った。

 でも、罵倒をされても何度も何度もかかってくる電話に、罵倒するのも馬鹿らしくなってきた私はそのうちに受話器を取ってその場に置くという小さい頃からの対処法をするようになった。

 大人たちは愚かじゃない。アレが最適化された対処法だったんだ。


 ブリキ屋のおばさん、もう見た目すら覚えていないけどなにが彼女をそんな異常行動に駆り立てるんだろう。

 なにか恨んでる?なんで?よく家に来てくれてたよね?家にだけなのか、それともこの地域全体に電話をしているのかはわからないけど…。


―ティロティロリン


 電話の音に一瞬、体を竦ませる。

 それから少しして、この音は自分の携帯電話だと気がついて、強張らせた体から力が抜けていく。


「びっくりさせないでよね」


 なんて強がりを言いながらディスプレイを見ると、画面には「お母さん」と表示されている。

 これでコウシュウデンワだったら怖くて泣いていたかもしれない。


「あのね梨花、ちょっとお婆ちゃんの容態が悪いからお母さんたち病院に泊まるわね」


「え?ちょっと…」


 お母さんはそれだけ言って電話を切ってしまった。

 前々からあの人はこっちの話を聞かない。まあいいんだけどさ。

 無言電話のことも言いたかったんだけどな。


 もう一度電話をかける気にもならない。病院にいるだろうし、基本的に電源は切ってあるはずだし…。

 夜はまだまだ長い。無言電話は…多分夜遅くにはかかってこないはずだ。小さな頃も多分そうだった。


 あと数時間我慢すれば大丈夫。

 そう自分に言い聞かせて私はゲームを再開した。

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