第15話 電話

大仏男は1分でハンバーガーを食べ、コーヒーにミルクを入れていた。


「んあ~まずいコーヒーだ。」

「・・・・なあ、さっきの続きを話してくれ。正直ものの話。」

大仏男は飲みかけのコーヒーをテーブルに置いた。

「ほんとまずいなこのコーヒー。でな、正直さだがな、お前は誰にも聞かれないのに、僕は昨日自殺しようとしました!そのはずみでうんこ漏らしました!僕は親も社会も憎んでいる屑ニートです!って言う気あるか?」

「あるわけないべ!」

「なんで?正直に自分に起こったこと皆に話せよ。とりあえず、親に電話かけて話したら?」

「言えるわけないだろ!」

「なんで?こんなむさい人間をそこまで育てた人間だろ?製造者に報告しないの?」

「製造者って・・・・」

「いいかよく聞け。この世の普通の人間は、自分に都合の悪いことは基本言わないもんだ。お前も昨日のことを誰かに言う気は無いんだろ?」

「・・・・・」

「それを嘘つきというのか?」

「・・・・・」


「たしかに、自分の不手際のせいで誰かがけがをしたり、損失をこうむるような話ならば正直に話すべきだ。でもな、この世の多くの人間は、自分自身に関する都合の悪い真実は、まず隠そうとして言わない。今のお前みたいに。」

「・・・・・・」

「例えばな、あのウエイトレスは実は今日は下痢気味だったとしよう。んで、お前に、私今日は下痢気味だからパンツにうんこくっついて臭うかも!食欲なくなったらごめんね!なんて、あのかわいい笑顔で言ってきたらどう思う?おおお!なんて正直者なんだ!って感動するのか?」

「それは・・・・なんかキモイ感じ。」

「それだよその感覚。いくらかわいく正直な女だとしてもキモく感じるだろ?お前に向かってそう感じる人間の感覚がまさにそれなんだよ。なんかこの人ずれているっていう感覚。」

「・・・・・」


「確かにな、この世は幻想で回っているところがある。でもな、幻想というか理想と現実の区別はつけなくては駄目なんだよ。その境界線があいまいになると、世間との意識の乖離がおきて、普通の人から変な人と思われてしまう。その境界線というか、感覚は人との付き合いの中でしか学べない。なぜならば、その時代の常識はその時代の人達だけに通用するもんだから。世間から離れて一人ぼっちだったお前は学べずきちまったわけだ。自分が周りとずれているということを理解したうえであえて行動するなら、例えば俺みたいにな、これは問題無いんだけど、お前はまったくそのずれに気づいていないのが問題なんだよ。」

「理想と現実・・・・・」


「そうだ。しいて言えば、普通の人は、理想を語り、理想を演じるが、いずれ現実も受け入れる。それが大人になるってことだな。お前は、理想を妄想し、理想が現実だと勘違いしていた。お前が理想とする現実を生きている人間なんて、映画の中の主人公ぐらいだべ。で、それを演じている役者なんて、実際はその辺にいる普通の人とな~んにも変わらない。家にいるときは、ダサいかっこして、鼻ほじりながら、特大の屁こいてるただの人間だ。ともかく、お前は親は完全で、先生も完全で、世界は完全なものでなければならないと勝手に妄想して、勝手にキレれてた。自分自身は自分のことすら何もできないゴミ人間の分際で。」

「・・・・・」


「まあともかく、この世は適当に回っているとまず理解しろ。んで、何もかもが実は適当なんだからお前も適当に生きればいいだけの話。人に厳しい人間は自分にも厳しい。逆に、自分に優しい人間は、他人にも思いやりがある人間なんだよ。とにかく肩の力を抜いて楽に考えろ。何も難しくない。」

「・・・・・」

「んでな、どうしても自分に自信が持てないならば、勇敢な役の俳優みたいに演じればいいんだよ。時には俳優のようにカッコつけてみたり、心にもないキザなことを言うような理想的な自分を演じてみたりすることも必要だ。特に女を口説くときにな。つか、話が就職から飛んだな。そろそろ戻すか。」

「・・・・・」


「お前は今までニートしてきたわけだが、親から就職先紹介するから働け!って言われたことないか?」

「・・・・ある。」

「その就職先に、親のコネが効くような会社はあったのか?」

「一つあったが断った。」

「なんでよ?」

「なんでって、特に理由はない。というか、働きたくなかったから。」

「もったいないな。コネが使えるならば、最大限に使うべきだぞ。その話は今も有効か?」

「多分・・・。おやじの親友が運営している会社だから。」

「おー!最高じゃないか。どんな仕事だ?」

「工場勤務みたいだ。」

「おーお前にピッタリじゃないか。」

「ピッタリって・・・。俺は工場勤務なんてやだよ。」

「なんで?」

「なんでって・・・。わからない。」

「どうせお前の良い悪いの判断基準なんて、ネットで得た情報をそのまま鵜呑みにしてるだけだろ?」

「・・・」


「労働は誰でも嫌なもんなんだよ。喜んで仕事しているのは、仕事で成功している奴らぐらいだろ。ほら、海外のドラマで脱獄するやつあったろ?あれのTバックっていういかすおっちゃんが言ってたべ?人は皆金のために生きる売春婦だってな。まさにそうだ。仕事なんかするはめになったのは、アダムとイブが知恵の実を食っちまったせい。んでエデンの園を追い出されて労働をする羽目になったとかなんとか。つまり、労働は人間に与えられた罰なんだよ。つか、聖書の話をしてもしょうがない、とにかくおやじに電話しろ」

「・・・・電話?何を話す?」

「何をって、決まってるだろ!明日面接に行くから段取り組んでくれってだよ。」

「え~やだよそんなの」

「なんで嫌なんだ?」

「・・・・・・」

「考えるな。行動しろ。ほれ電話取り出して電話しろ!いいから俺を信じろ!」

「・・・・・・」男は固まってしまった。

そんな男をよそ目に、大仏男はポテトにたっぷりとケチャップをつけて食べ始めた。


「あのな、先に進みたかったら俺の言うことを聞くしかないぞ?電話をかけるっていうフラグが立った以上、かける以外先には進めんぞ?そのまま固まっててもかまわんが、明日の23時59分で俺はいなくなることを忘れんなよ?」

「・・・・・・」


「深く考えるな。ゲームなんだよ人生なんて。フラグがたっちまった以上、やるしかない。あれこれ考えずに、超リアルな人生シミュレーションゲームでもやっていると思え。ほれ、コントローラーを持って十字キーを操作しろ!コントローラーをぶん投げても何も解決しないぞ。失敗が嫌で先に進まないでどうする?自殺さえも失敗したお前が一体何を心配するんだ?」

30分が経過した。男はまだ目をつむったまま固まっていた。大仏男は隣の客がおいて出て行った雑誌をペラペラとめくっていた。

男はやっと観念したようで、電話をかけ始めた。

「やっとかよ。義理の親に娘をちょうだいって、電話するわけじゃあるまいし。」大仏男はため息をついた。

「そうそう、明日の午後にしてもらえよ。午前中は外せよ。お前の準備に間に合わないから。」


「・・・・ああ。」

男の手は震えていた。ただ家に電話するだけなのに。なぜ?何を恐れている?なんてことない。ちょっとお願いをするだけ。大丈夫。大丈夫。男はつぶやいた。

「ちょっと便所に行ってくるからうまく話せよ」というと大仏男は席を立った。

「ああ・・・。」

男は電話をかけるとすぐにおやじは出た。何を話したのだろうか?気が付くと会話は済んでいた。

男はソファーに深く腰を掛けた。疲れた・・・・。

男はすでにぬるくなったコーヒーを一気に飲み込んだ。ふと周りを見回すとお客の数は少なくなってきた。みんな会社に向かったのだろう。残るお客は大学生や職業不詳な人たちと自分のみである。

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