Automatic ~自動販売機コーナーの怪~

賢者テラ

短編

 さて、今日も帰りが遅くなった。

 まぁいつものことだから、別にいいんだけど。



 独身者は、次の仕事に支障をきたさない限りは、どんな時間の使い方をしようが自由だ。そこだけは、独り者のみが持つ特有の権利だと思う。

 別に、経済的に困窮しているから所帯が持てないわけではない。

 体型も普通だし、ルックスに関しても世の標準からそれほど大幅に外れているとも思わない。

 体臭や口臭、髪型にだって気を遣っている。

 でも、不思議とオレの人生には女性が絡んでこない。

 オレがそういう方面で努力をしないせいもあるだろう。

 別に女に興味がないとか、そういうんではない。

 一言で言うと、『面倒くさい』のだ。



 金はかかるわ、機嫌は取らないといけないわ——。

 オレの友人を見てても、結婚したやつらで『うらやましい』と思えるのは一人もいない。

 なるほど、新婚当初は幸せそうだ。

 でも、そんな愛情なんてウルトラマンのカラータイマーほどにも持たないことを知っている。やがてお互いを異性とは見なくなり、子どもを育てるための共同責任者くらいの関係に成り下がる。

 オレはやだね、そんなの。



 だから、今のオレのスタイルは女性諸君の反感を買うかもしれないが——

 女性の体がどうしても欲しくなったら風俗に行くし、AVもよく見る。

 それだったら、いつでもキレイで若いネーチャンで欲望が満たせるし、飽きる事もない。

 向こうはサービスだから、ケンカもない。

 彼と彼女の関係や夫婦の関係だったらとても求められない要求や、平手打ちを食らいそうな性癖でも、金を払えば喜んで応じてくれる風俗は、まさに男の救いだ。

 女子高生の制服を着てくれと言おうが何フェチであろうが、ノープロブレムなのだ。

 だからオレは、今のままがいいと思っている。

 第一、後腐れがないところがいい。やっぱり、特定の関係は面倒が多い。

 自由になる金も、妻帯者とはケタ違いだ。

 いつかは賞味期限の切れる奥さんと一緒で雀の涙ほどのお小遣いで生き続けるより、自由になる金でいろんな女を味わえてエンジョイできる独身バンザイ、ってところだ。



 ただ、独身だと老後はさびしいだろうなぁと思うことはある。

 奥さんがいないと、当然子どももいないわけだからね。

 でも、仮面夫婦のまま一生を過ごすよりはいいと思う。

 こんなオレだから、恐らく一生を初めと変わらない愛情で一人の女性を愛しぬくというのは到底ムリだろうから、結婚をあきらめているという部分がある。

 だから、こんなオレのカバンの中にはソープやヘルスの割引券や、新作AVの情報誌などがゴロゴロしている。

 ただ、そうやって開き直ってはいても、時々『オレって…何だかなぁ』と思うことは正直ある。



 すまない。

 オレの歪んだ勝手なポリシーを、長々と聞かせてしまったな。

 特に、もしオレの話を女性諸君が聞いていたなら、気を悪くしないでくれたまえ。

 エッ?  もうカンカンだって? ……そりゃ失敬。

 でも、世の中にはそんな考えの男もいるんだってことは知っておいてくれたまえ。

 これって、少子化が進む原因のひとつじゃないか? なんて思う。

 あえて苦労の多い結婚生活をするよりも、自分のしたいようにして生きるほうが楽、と考える若者が増えてきてもおかしくはない世の中ではある。

 そんなことを考えているうちに、オレは自動販売機コーナーに着いた。



 国道沿いに、自販機ばかりが立ち並ぶ『自販機コーナー』というのがある。

 今では、全国からそういう場所がずいぶん減ってきているらしいが。

 ちゃんと屋根もあって、雨もしのげる。

 ジュースやたばこだけでなく、麺類やチャーハン・ピラフ・ハンバーガーがあったりなど食事だってできる。

 そして出所は怪しいが、アダルトグッズの販売機なんかもある。

 仕事が遅くなって後のことが面倒になると、オレはよくここを利用する。

 販売機で出てくるようなメシを食うくらいならいくらでも外食産業があるだろうに、という声が聞こえてきそうだが……

 オレはなぜか、この自販機コーナーの寂れた怪しい(?)雰囲気が好きなのだ。

 自分でも、変わり者だと思う。



 午後11時半。客はやっぱりオレ一人だ。

 たまに、近くの工事現場で働いているらしい作業服を着たオッチャンに出会うくらいだ。たいがいは、コーナー中央のベンチを独り占めして一国一城のあるじ気分を満喫できる。

「さて」

 オレはジュースの自販機の前に立って、120円を投入した。

 とりあえず、喉を潤すためにウーロン茶でも買おうかと思った。

 オレは炭酸系とか缶コーヒーの類が苦手だ。飲み物を買うときには、必ずお茶系か果汁パーセンテージの高いジュースしか買わない。

 ボタンが光ったので、オレはサントリーの烏龍茶のところを押す。

「…………!?」

 押しても、そこからの反応が、ない。



 ……こ、故障か? それとも品切れか?



 品切れなら、ボタンの真上にある『売り切れ』マークが点灯するはずだ。

「あたたたたたたたたたぁ!」

 オレは格闘系ゲームのゲーマーのように、ボタンを超高速で連打した。

 すると、何だかヘンな声がした。



「いたああああい!  優しくしてくれなきゃイヤあ!」



 オレは、得も言わぬ違和感を覚えた。

 音声案内をする販売機くらい、この世にはゴロゴロしているだろう。

 しかし、それにしても……

 プログラミングされた音声にしては、ちょっと茶目っ気が過ぎる。

 まるでギャル系のお姉が悪態をついているような感じ。

 商売用にしちゃ不向きだ。



 ……と、とりあえずここで買うのやめよう。



 料金の返却レバーをひねってみる。

「返してやらない」

 販売機から、小憎たらしい声が聞こえてきた。

「な、何だと」



 ……これも、プログラミングされた反応なのか!?



 これを設計したやつは、よほどの変わり者だ。

 お釣りの取り出し口のすぐ横に、故障をしたときの問合せ先が書いてあった。

 さっそくケータイにそこの番号を打ち込んでみると——

「かけるだけ、ムダだと思うけど」

 何だかイヤな予感がした。

 数回の呼び出し音のあと、電話がつながった。

 普通電話ではお目にかかれない (お耳にかかれない?) 甲高い声がする。



 はぁ~い。こんにちは。ボクドラえもんで~ス



 れっきとした、一世代前の大山のぶ代版ドラえもんの声だ。

「ウソだっ。そんなのウソだぁぁぁ」

 オレはいったん電話を切って、もう一度番号を入力しなおした。

「——しつこい男は嫌われるんだからね」

 つながった。

 もしもし、というオレの声も無視して、相手は名乗る。



「ありがとう! 浜村淳です!」



「…………。」

 その後二回試したが、ダメだった。



『会いたかったよ、ヤマトの諸君』

『オイッス! 元気がないなぁ、もう一度。オイッス!』



 話が、通じない。

「だからぁ、言ったのにぃ。オバカサン」

 明日、オレは精神病院へ行ったほうがいいのだろうか?



「こ、こうなったら『Qoo』のアップル味でもいい!」

 妥協したオレは、光っている別のボタンを押そうとした。

 その瞬間。

 販売機の中身が……音を立てて変わった。



「させるかあああああ!」



 まるで、アムロ・レイみたいなことを叫ぶ販売機だ。

「ザクとは違うのだよおおザクとはぁ!」

 オレもヤケクソになって、マニアックに切り替えした。

 しかし。勝負はオレの負けだった。



「そんなのイヤだあああああああ」

 商品のすべてが、よりによって『おしるこ』に変化した。

 ぜぇ~ったいにイヤだ! 口の中がどんなけ甘ったるくなることか!

「全部じゃないわよ。右下見なさいよ」

「……確かに」

 よく見てみると、一番下の段の右端だけが、おしるこではなくホットの 『ミルクセーキ』 だった。おおっ、何だか懐かしいじゃあないか——

「って、ゼンゼンよくなあああいっ!」

 もう少しで、ごまかされるところだった。

 全部、オレのキライなものじゃないか。



「もういいっ。オレはメシにするっ」

 飲み物をあきらめたオレは、インスタントのてんぷらうどんを食おうとして、その販売機の前に立った。そして料金を投入すると——

「ダンナ。ワリィがたった今、深夜12時をまわりやした。割り増し料金を追加しておくんなせぇ」

 野太い、ヤクザ者風の声だ。

 一瞬、ミナミの帝王の竹内力かと思った。

 まさか、これも販売機がしゃべってるのか!?

 24時間営業のファミレスで、深夜料金を取られるのは聞いたことはあるが、自動販売機でそんなもの、聞いたことがないぞ!

「それともなにかい? 払えねぇとでもいうのかい!?」

 物凄くドスのきいた声とともに、販売機から電流がバチバチ飛んできた。

「うぎゃああああああああ!」

 うる星やつらの『諸星あたる』にでもなったような心境だ。

「かっ、感電死させるつもりかぁ!」

「四の五の言わずに、てめぇも男ならとっとと金入れさらせええ!」

 追加料金のデジタル表示を見て、たまげた。

「ごっ、五百円だぁ?」



 ……ぼ、ボッタクリバーみたいやん!



 オレは、泣く泣く五百円を入れたよ。

 だってさ、その場から逃げようとすると、販売機から電撃が飛んできたから。



 出てきた商品を見て、唖然とした。

「こ、これって『ピリ辛キムチうどん』やんか!」

 何を隠そう。オレは辛いのが苦手なのだ。

 まるで、オレの嫌いな物を知っているかのようだ。

「ぬゎにぃ! オレの出すうどんが食えねぇとでもいうのか?」

「ひいいっ、食べます食べますってばぁ」

 また電流を体に流されるのがイヤだったオレは、しぶしぶうどんを食った。

「どや。うまいか?」

「……ま、まいう~です」

 もう、抵抗する気力もない。

 辛さにガマンできず、オレは泣く泣くさっきのジュース販売機でおしるこを買った。確かに辛さは中和されたが、辛いのと甘ったるいのがいまいち調和せず、口の中はわやくちゃな感じになった。



 ……こんな場所、さっさとおさらばするに限る。



 そんなオレの決心を見透かすかのように、販売機コーナーの端から声が聞こえた。

 アダルトビデオや、エロ本の類を売っている販売機だ。

「ちょいとそこのお兄さん、寄っていきなよ! いいのが入ってるよ。どうせ家に帰ってもひとりで寂しいんだろ? ネタ仕入れていきなよ」

 まるで、飲み屋の女将のような声だ。



 ……ここの自販機は、みなしゃべれるのか!?



 販売機の前に、立ってみた。

 売っている商品は、ほんとうに 『ごった煮』 だ。

 DVDあり。写真集あり。大人のおもちゃあり。

 中には使用済み下着だとか、コスチュームだとか——

 挙句の果てには、有料出会い系サイトの500ポイント券なるものまである。



 ……こんなもん、誰がわざわざこんな場所で買うんやろ。



 しかし、買う人があるから商売が成り立っているんだろう。

 オレは、ある一点に目が釘付けになった。

「おおっ、これはにとう遥香ちゃんの新作じゃあないか!」

 そうなのだ。リリースされてまだ間もなく、中古ではまだなかなか流通しないDVD。

 それがなんと、たったの1200円ではないか!

「さすがお兄さん、お目がたこうおすなぁ。オリジナルちゃいますよって、コピーになるんだすけど。でも、画質もそれほど落ちませんし、ただ見るだけでしたらホンマお買い得どすえ~」

 京都だかどこだかよく分からないような方言で、オススメトークをしてくる。確かに、豊臣書店で買うよりも安いわと思ったオレは、千円札とコインを投入して、ボタンを押した。

 にとう遥香ちゃんは、オレの大好きなAV女優だ。期待とともにナニも大きくふくらんだ。

「えっと、8番のボタンを押して、っと——」


 

 ウィ~ン、ガタッ 



 取り出し口から出てきたブツを見て、思わずオレはさっきのピリ辛うどんを噴き出しそうになった。見本の商品と、出てきた商品が違うのだ——。

「うげえええええええええ!」

 DVDのタイトルは、『田舎のハッスル婆さん』 。

 パッケージの画像は……

 説明したくもない。(そりゃ中にはこういう嗜好の方がいるだろうが)



 ついにオレはキレた。

「いい加減にしやがれ——!」

 販売機たちは、シーンと静まり返った。

 それをいいことに、オレはまくし立てた。

「ちゃんと金を払ったら、その分のものをきちんと返すのが販売機だろうが! 違うか、ああ?

 ウーロン茶のボタンを押したらウーロン茶をきちんと売りやがれっ。てんぷらうどんを選んだら、きちっとそれを出しやがれ。遥香ちゃんのAVを選んだら、それを出しゃいいんだよ。

 何でそんな当たり前のことができない!?」



「……あんたはどうなのさ」



 さっきとは違う、おちゃらけぬきの真面目な声。

 ジュース販売機のギャル声が、訥々と言葉をつむぐ。

「あんたは、たった120円を入れて商品が出てこないだけでも、当然のことのように怒るでしょ。それじゃあ、あんたが今してることはどうなのさ? 私らよりかひどいことをしてるじゃない。

 うまいこと言ってだまして大金巻き上げて、それに見合ったものを提供してもいないじゃないのよ」



 これをお読みの皆さんに、まだ言ってない事がひとつあった。

 それは、オレの仕事のことだ。

 浄水器や健康食品を、訪問販売で売りつける会社だ。

 安いものでも10万、浄水器なら一台が100万くらいする。

 いかにも科学的な話を使ったり、口八丁手八丁で高齢者を中心にその気にさせて購入させる。

 こないだ、ライバル会社がニュース沙汰にされてえらい目に遭っていた。下手したらうちも、という危惧はあったが、給料がオイシイので辞められずにいた。



 販売機に言われてみるまで、考えてみようとせずにずっと逃げていた。

 やってるオレ自身、詐欺だという自覚はあった。

 仕事で説明している浄水器の効能だって、誇大広告だと分かってやっている。

 百円ちょっとのジュースでさえ、きちんとしたものが出ないとオレは怒っている。

 だとしたら、100万ものカネを払ってもらって、適当なものを他人に押し付けているオレって……やっぱり卑怯な人間だよな。



「分かったかい? 人間ってさ、自分が人にしていることは大して気にならないけど……同じようなことを人からされると、例えそれが小さなことでも腹の立つものなのさ」

 ……と、アダルト販売機の女将の声。


「だよなぁ。お前さんのしたことの犠牲者の損害を考えたら、たかが販売機に百円・二百円騙し取られたところで償いにも足りねぇや。そんくらいで怒るんだから、てめぇの客の怒りはどれほどのもんか、ってのは想像つくだろ?」

 ……と、ヤクザ風のうどん・そばの販売機の声。


「お願いだから、考え直しておくれ」

 三人(三台?)は、繰り返しオレにそう言うのだった——。





「毎度! ミケネコトマトの宅急便で~す」

 奥から、ハンコを持った奥さんが出てくる。

「あら、ご苦労様です」



 販売機での不思議な事件から、一年。

 オレは、転職した。

 確かに、以前に比べたら収入は大幅に減った。風俗で女遊びする余裕などもない。



 ……でも、いいんだ。

 誰に負い目もない。

 小さな仕事だけど、少なくとも人様の役に立っている。

 何より、人に喜んでもらえる。

 それがどんなに気持ちのよいことかを、オレは学んだ。

 この前、とうとう元の職場が摘発されてニュースになっていた。

 ああ、早めに転職を決断してよかったなぁ、と思う。

 あの販売機たちのお説教がなければ、オレは今頃どうなっていたか!



 もう、あの販売機たちは二度としゃべってはくれない。

 あの夜の出来事は、一体何だったのだろう。

 オレに警告を与えようとした、どこかの霊の仕業か。それとも、オレが迷惑をかけてしまった被害者たちの意識の集合体が見せた幻影か?

 とにかく、今となってはすべてが想像でしかない。



 仕事を変えたのをきっかけに、オレの内面というか、物の考え方も少しずつではあるが変わってきた。独身主義のはずのオレともあろうものが……

 よく荷物の集配で出入りする酒屋の娘さんのことが気になりだしている。

 聞くと、まだ独身で男の噂もないそうだ。

 これからまた、そこへ行く用事があるのだが——

 もしかなうことならば、きちんとした恋愛もいいなぁ。



 あの販売機コーナーが見えてきた。

 オレは集配車を止めて、休憩とばかりにジュースを買う。

 驚いたことに、オレはたまにだがおしるこを飲むようになった。

 慣れれば、なかなかいける。

 ふと、出来心でオレは自販機の故障の際の問合せ先にかけてみる気になった。

 あの時は超常現象的な不思議な力でおかしなことになっていたが、どうせ今は元通りになってんだろな——

 ほとんど期待もせずに、電話してみる。



 トゥルルル、トゥルル……



 相手が出た。



「モシモシィ?」



 外人っぽい声だ。

 でも、やたらと日本語慣れしているっぽいが——



「デーブ・スペクターですけど~」



 …………。

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Automatic ~自動販売機コーナーの怪~ 賢者テラ @eyeofgod

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