第四話『ノーバディ不在』・「ワタシは社長で資産家だが」

 あれからもう二か月。一時期テロだと騒がれた神内区の大停電もすっかり忘れられた。

 冬も終わりで春が近づいても平和に変わりはない。

 スーパーは普通。同僚におかしな様子もなかった。

 兎羽歌ちゃんやフライヤも普通。ルームシェアも順調みたいだ。

 俺も心境以外は普通。レイヴンズとの戦いが嘘みたいだ、と思いながらもトレーニングは欠かさなかった。


 ヒーローチームはお隣さんとしての距離も近くなった。

 フライヤとはスーパーに出勤する時間も重なってるから、ドアを開けると彼女がいたりする。


「同伴出勤みたいだなぁ」

「なら腕も組まなきゃ」

「だから見られたらまずいって」


 注意しても道路を渡るまでは腕を絡めてくる。雑談も。


「ナオヤー、男って好きな女の子のパンチラはどう思うの?」

「パンチラ? どうって……」

「見れるかもしれないけど他の男にも見られるかもしれないよ」

「そう言われたら見れなくてもいいからしないほうがいいかな」

「そっか。気をつける。する時はナオヤの前だけでするね」

「まあ気をつけて」




 休憩室でもフライヤと二人になった。


「トワちゃんの秘密知りたい?」

「なに」

「一緒に住んでるから色々わかったよっ」


 知りたい気はするけど。


「彼女が教えていいって言ったら聞くよ」

「ちぇっ。つまんなーい。じゃわたしの秘密なら知りたい?」


 知りたいけど。


「知りたいなぁ」

「なにその棒読みヤダ。もっと真剣にっ」

「だって聞かなくてもどうせ言ってくるだろうし」

「そぉだけどー。ナオヤに求められたいー」

「ハニー。きみがいなきゃスーツはおじゃんだよ。これからも一緒にいてくれ」――もう扱いも慣れたな。

「やだもー。ほんとに求められたら照れちゃう」

「そういえば壁の穴は塞いだからね」

「ふさがなくていいのにっ」


 穴を開けたのも案の定師匠セックだったみたいで。

 当の彼女はしばらく見てないが、最後に話せた時は『レイヴンズはもう現れないだろう』と言っていた。

 だけど引き続き仮面の男ブロンドには気をつけろとも。







 昨日師匠セックの言葉がよぎったのもあるかもしれない。

 妙に兆候みたいな印象を感じた。

 鳥のさえずりが耳についたり太陽の色や植物の緑が目についた。普段より空気の匂いも。

 だから買い物もないのにスーパーの前まで来た。


 入り口の、

 フリーペーパー置き場の椅子に、

 座ってる。

 黒いサングラスで白いスーツを着た金髪の男ブロンドが。


「やはりワタシの見立てた通りの青年だ。兆候空間優位性質マージナルセンスがある。しかし威力は足りない代物」


 俺に話しかけてるのか。


「ウォータンさん。うかがいたいことがあります」

「君は解体ショーや料理ショーをどう思うかね」


 なぜか拳を握りしめた。


「わかりません」

「ああいったショーは下品な人間の文化の表れがあってワタシは大好きなんだ。ワタシのスーパーでも店舗によっては催しているよ」

「ここのスーパーでは見ないです」

「土地柄でね。神内区の店舗では拮抗している」


 よくわからなかったが社長は悪い意味で言ってると感じた。


「君は腹が減ってないかい?」

「少し空いてます」

「ワタシと話がしたいとも言ったね。ワタシも君と話したい。まだ落ち着かないのなら屋上で待っていてくれないか。少ししたら行くよ」


 俺は一礼して歩きだした。




 スーパーの屋上は駐車場になってるが、下にも駐車場があるから車はほとんど置かれてない。

 それでも一台だけ車が停めてあった。

 白い小型バス。片側が四輪。

 もう片側もやっぱり四輪だ。あの時の八輪車か。

 中を覗いても人はいない。

 離れて眺めると妙な感じがした。白いボディになにか書いてるような。

 ……これは、白い字。

 それで気づかなかったんだ。

 直線を組み合わせたような古い文字だと感じた。


「ワタシの“馬”が気になるかい青年」


 後ろから声がしてビックリした。

 振り向くと白いスーツの男性――ウォータン社長がスーパーのお弁当を手に持ってる。


「馬って」

を彫り込んである」


 ルーン。

 ルーン魔術だとかは聞き覚えがある。

 魔術。

 やっぱりこの人がアイツか。

 あの灰色の仮面の男。


「ルーン文字はワタシにとって意味があるのでね。さあこれを食いなさい」


 お弁当を渡された。


「ありがとうございます」

「廃棄される弁当だ。気にしなくていい」


 休憩用と思われる設置されたベンチに座って食べ物に口をつけた。

 ウォータン社長もどこからか椅子を持ってきて、対面に座りこちらを眺めてくる。


「うまいかい青年」

「普通です」

「口に合わなければ捨てるといい」


 なぜか肌がざわついた。

 捨てるのは嫌だから食べる。


 食べてる間に社長は独り言みたいに話しかけてきた。


「毎日大量に作る。すべてが売れるわけではないと理解した上で」


「捨てるために作るんだ。なんと素晴らしい基盤、美しい歯車か」


「命のために命を消費する。大量に。そのメカニズムが美しい。武器、まるで銃のように。にも似てると、そう思わないか」


「君は知っているかい。カネ


「美しい社会を支える仕組み。金も完璧で美しい。まるで。故にワタシはきんが大好きでね」


 食べ終えた弁当の容器を隣に置いてから、俺は目の前の男に聞いた。


「あなたがアトリーズ、そしてベルヴェルクなのか」


 サングラスのウォータン社長は驚いた様子もなく空を見上げた。


「もうすぐ夕暮れだ。とも呼ばれる。さて。

 ワタシは社長で資産家だが、その問いにもと答えたら。君はどうするね」


 決まってる。


「アンタの目的はなんだ。なにがしたい」

「それはワタシが君に聞いてみたい」

「俺は。俺はヒーローになりたい。邪魔するアンタは何者なんだ。世界征服でもしたいのか?」


 質問は半分冗談で半分本気だ。


「世界の征服? 君はとてつもない勘違いをしているな」


 冗談でも言われたふうにウォータンが大笑いした。

 満足したみたいに息をつくと、


「誤解を解こう。ワタシは世の中をどうこうするつもりなどないよ」


 さらに聞いたセリフは予想外だった。



 ジョークの感じでもない。


「ワタシが今の形を作った。なん千年も前からな。仕組みも、歯車も、武器も、そして金も。

 すべてワタシが君たちに与えた概念だ。君たちを導いた。農耕社会を与え、資本主義社会に到達した。

 今の世にいたるシステムへ辿りつくための、向上にいたるすべてを。過去から今まで続くものへのを」


 言ってる意味が半分は溶けて半分は頭の中でグルグル回ってる。なんなんだ。


「ウォータン、じゃあアンタの目的はなんなんだよッ!」

「どうせ彼女から聞いているだろう。ワタシに従順することだ。なにも特別な手続きはしなくていい。今のままでいいんだ。

 変える必要はない。

 ワタシが望むのは。ワタシを受け入れて疑わない心。それはワタシ自体でなくてもよい。今の世の仕組みへの従属」


 一体なにを言ってるんだ。


「君はわかってるのか、。彼の望み通りにワタシを倒してどうする。君が属してるのはいわばカルト、テロリストじゃないのかね」

「なに言ってんだアンタは」


 頭の中がまたぐちゃぐちゃだ。

 呼吸しろ。


「いいことを話そう。ワタシの元で働くんだ。君はワタシの祝福を受けた傘下の中でも特別な場所にいる。ワタシの敵を滅ぼすのにもっとも適した戦士だ」

「嘘をぬかすな」


 喉が熱い。


「君は感じてるだろう。大上兎羽歌という女の中にあるを。破壊衝動が重要だ」


 喉が。


「滅ぼさなくてはならない。ワタシと世の中システムへの脅威を。抹殺するのだ。白い狼と、を」

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